自分に似たフィクション


 今後メシの種になる可能性のある人材なんて毎日のように出てくるわけだから、常にアンテナをはっておかなければならない。なにせ、サルビオは特定のセレブを狙うパパラッチではないからだ。
 そう、狙うならば、薄く広く――と考えたところで、近頃自分を悩ませる金髪アイドルの顔が浮かぶ。サルビオは頭を振って、幻影を追いやった。
 帽子を深くかぶったまま書店をめぐる。ここには人の顔を覚えるのが得意な書店員がいるというらしいから戦々恐々だ。しかし、現状ミアレで一番品ぞろえの良い書店だから、物色するならここしかない。
 サルビオは一冊のローティーン向け雑誌を手に取った。出版社の確認をする。ミアレ出版ではない(『ヴァンドルディ』を発行しているのはミアレ出版であるから、身内を狙えば出版社にとっても不利益になることは、サルビオはもちろん心得ている)。
 着回し5days。ファッション誌でよく見る表現だ。普段タートルネックしか着ないサルビオはひたすらファッションに疎かったが、職業柄もあって用語はよく知っていた。そして、その見開きに載っている読者モデルの確認も忘れない。
 人気急上昇中のメイアちゃんがー、という言葉で始まる文に目が留まった。人気急上昇中ねぇ、と反芻すると、サルビオはわずかに口角を上げた。

 ○

 だって、せっかく可愛い女の子がいたんだから口説かないともったいないでしょ、と弁解しても、じっとりした視線はそのままだった。
「あなたは男の人だって口説くでしょうが」
「……まあ、筋肉が美しければ?」
 言えば、ロゼッタははぁ、とため息をついた。作家志望の彼女は、一途な恋愛に憧れる――テルロから言わせてみれば“恋に恋する”女性だ。
「どこかに落ちてないかしら、素敵な恋愛が!」
「落ちてるんじゃなくて脳みそから湧いてくるもんじゃないの」
 フィクションなんだからさ、と付け加えるのはやめておく。いずれにせよ意図は伝わったらしく、ロゼッタはギロリとテルロを睨んだ。
「あ、でも」
 テルロは北を見る。ミアレバレエ団のある方角だ。
「舞台に立って演じてみれば、一途な人の気持ちもわかるよ」
 バレエなんて、言ってみれば男女の情愛をテーマにしたものが多いから、舞台の上では、そんな男になりきらなければならない。ロゼッタは一瞬、感心しかけたが、作家の卵として、しっかりと返せる言葉を持っていた。
「“湖畔のスワンナ”の王子様は途中でブラックスワンナに惹かれちゃうじゃない」
「あ、ほんとだ。だって、可愛いし?」
 だからあの王子には親近感が湧くのか、とテルロは納得し、ロゼッタの手をとった。
「それじゃ、今日は一緒にお豆腐でも食べに行くかい」
「その誘い方、軽い男性にしても微妙すぎない?」
 そこを突かれちゃナンパもできないなぁ、とテルロは笑った。

 ハルンの昇格はかなわなかった。
 ロゼッタと別れてから、テルロは鈍い色を塗り込めた空を見上げてため息をついた。
 次の昇格はハルンだろう、と、ミアレバレエ団の多くの先輩が考えていた、ということはテルロも知っている。そして彼もそれを信じていた。
 なのに。
 もちろん昇格は難しいし、なによりシュジェからプルミエール・ダンスーズになるというのだ。並大抵の努力では届かない。しかし、今回の決定は、バレエ団の経営者が保守的な考え方の持ち主だったからではないか――という話が、まことしやかに囁かれている。
 もちろん、こんなことでハルンへの尊敬の念が薄まることはない。自分ももっと努力しよう、という気持ちにもなる。それでも――
「ぐわーん!」
 隣に歩いていたニンフィアの、ものすごい叫び声で、テルロは我に返った。一歩下がると、ニンフィアは汚れたリボンを見せてテルロに苦情を言う。
「ご、ごめん。踏んでたか」
 テルロが謝ると、ニンフィアは近くの泉に向かった。それを目で見送ると、一人の女性が辺りをきょろきょろ見回しているのが見えた。
「どうされました?」
 テルロは穏やかな口調で話しかける。彼女が顔を上げたとき、その目力に一瞬怯んだのだが、態度には出さない。
「人を探しているの」
「人? どんな? ミアレシティって広いからなぁ」
 僕にはわからないかもしれないけれど――と言おうとして、先に口を開いたのは彼女のほうだった。彼女は手を自分の肩の上に置く。
「紺色のウェーブがかった髪を、このぐらいまで伸ばした。肌はあなたより濃いめで、目の色まではわからないんだけど」
「えっ」
 それって。
 テルロには思い当たる人物がいた。そう、三ヶ月ほど前まで、敵であり、味方であったその人物。
「ザリスト!?」
 テルロは彼女に近づいて言った。その時彼女の肩がはねたものだから、あ、ごめん、とテルロはまた一歩下がった。


軟派なテルロを書きたかったので、雪さん宅ロゼッタちゃんにご出演願いました。
『白鳥の湖』の王子はあっさり黒鳥に惹かれてしまうわけですが、「あまりにもオデット(白鳥)に似ており、オデットだと思い込んでしまった」という解釈で演じられることもあるんだとか。

140110 ⇒NEXT