王子と姫、それから悪役


 その日、いつもの男女別レッスンが終わった後、ミアレバレエ学校の生徒たちは同じ部屋に集められた。時期からして、発表会のキャスト発表だとわかったのはテルロだけではない。上級クラスを受け持つ男性講師が口を開くと、あたりは緊張感につつまれた。
「まず演目だが、今回は……『湖畔のスワンナ』でいく」
 そこでまず、辺りがざわついた。湖畔のスワンナといえば、クラシックバレエの金字塔、誰もが憧れる演目だ。それをミアレバレエ学校の面々で行うとは。
 すべては淡々と進んだ。次は主役ダンサーの発表だ。
「まずプルミエ・ダンスール……王子役からだが」
 テルロは三角座りしている手に汗を滲ませた。
「テール・ロゼ・ブアン!」
「ほ!」
 自分の名前が呼ばれ、出てきたのはそんな間抜けな声だった。普段は自信家を装っていても、いざとなると嬉しさより驚きが勝ってなにも考えられなくなる。ざわめきと拍手の間に、テルロか、楽しくなりそうだな、本当にできるのかと、そんな声が聞こえた。
「続いてプルミエール・ダンスーズ……白鳥・黒鳥役は、アリサ・プリコフスカヤ!」
 聞いて、テルロはすぐさま呼ばれたアリサのほうを振り返る。レッスンが終わったばかりのバレリーナを思わせる、ほんの少し髪がこぼれた黄緑のおだんご頭をした少女アリサは、一度目を見開いたきりで、テルロほどの驚きを見せない。それに周りでは、さきのテルロとは違い、納得の声が響いていた。
 それもそうだ、とテルロは思う。アリサは、バトルゾーンと呼ばれる東方の地で育ちながら、自らを厳しい環境に置くため、ミアレバレエ学校まで遠路はるばるやってきたのだ。テルロも何度か話したことがあったが、禁欲的で、一切妥協のないひとだと思っていた。
 それから、ポケモンのキャストや、他の主役ダンサー、そしてシュジェ以下のダンサーが発表されたが、テルロはただアリサをじっと見つめていた。そしてわずかながらに実感がわいてくると、彼女のことをダンサー仲間のアリサとしてではなく、役である純粋無垢な白鳥と妖艶な黒鳥として見られるようになる。
 僕が王子で、彼女が姫、かつ悪役。

 ○

 まさかカフェの向こうにこんなところが、と呟いたサザンカに、静かに、とザリストが言った。
「まだ使われているらしいな」
「フレア団って解散したのよね?」
「俺にはわからない。かつてのボスは消息不明だが……残党がいるとすれば集まるのはこのアジトだろうな」
「そんな」
 そんなことを話しながら、ザリストが先導で二人は進んだ。
 足取りは重かった。正直なところ、ここには良い思い出がない。ところどころ崩壊した壁面は一部が申し訳程度に修復されているが、あの時のサルビオの告白、そして悲鳴が脳裏にはりついている。今でこそただのほろ苦い記憶だが、物理的な衝撃もあり忘れがたいものとなってしまった。
「……この辺りだ」
 場所を見せて、サザンカは呆然とした。アジトの中でもひときわ崩落がひどかった一角。ザリストにとっては、残り香ただよう一角だ。
 ザリストは、瓦礫の隙間に手を差し入れた。こうまで壊れてもアジトを保てるとは、となかば感心したところで、ザリストは、フレア団に正攻法で入ろうとすればとられる法外な入団料の使い道の一つがこれか、と考えた。
「手前の瓦礫はカモフラージュ、その奥の鉄筋コンクリートはさらに丈夫だ。……よっと、まずは一つ」
 ザリストの掌の上で、美しく丸い石が蛍光灯のライトを反射していた。
「オーパーツ……ここを探せば私のもあるということね?」
「ああ、確実にある」
「なかった場合、どうなるかわかってる?」
 なかなか押しの強い女性だ、とザリストは思った。しかし、自分が集めたオーパーツはほぼこの場所にあるという確信もあったから、躊躇うことなく頷いた。




 歌多ねここさん宅サザンカちゃん、引き続きお借りしております。
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