燃えさかる衝動


 ミアレシティに生まれるのも一つの才能である、とはよく言ったものだ。
 この言葉を聞くと、何度も頷いてしまうのは、なにもミアレシティの人間だけではない。ミアレの大きさを知ってしまった地方民だってそうだ。
 バレエダンサーを志す少年、テルロの生まれ育ったヒャッコクシティにはなにもない。あえて言うならば、時を告げる、というか時を見せる巨大な遺物がそこにあるだけだ。
 もう一度反復する。ミアレシティに生まれるのも一つの才能である。
 言って、テルロは、ほうとため息をつく。というのも、ミアレバレエアカデミーに合格し、これからミアレシティで暮らせるのだ。
「バレエダンサーの夢が、近づいたのか、遠ざかったのか」
 そう言ったのは、テルロの祖母、シモーヌだった。
「どういう意味」
「だって、ミアレっていったら、時間をつぶすものがいっぱいあるんだろう。それらにうつつを抜かしていたら、いーつまで経ってもバレエダンサーにはなれないよ。そういう意味では、ミアレにもなにもないのさ」
「わかってないなぁ、おばあちゃん。僕が一番時間をつぶしたい対象は、いつだってバレエなのにさ」
「知ってるから、より心配なんだよ。このチャンス、逃すんじゃないよ」
「うん」
 シモーヌの言葉に、テルロは素直に頷いておいた。

 ニンフィア、と名前を呼ぶ。巨大な日時計、そしてバックに広がる大空と同じ色をしたニンフィアは、ついこの前テルロがイーブイから進化させた。元々「家のポケモン」として可愛がられていたイーブイだが、テルロが進化させたことにより、テルロに同行することを父が許可したのだ。
「そんじゃ、行ってくるー」
 家族、そして暖かな朝日に見守られ、テルロは旅立った。

 ○

 フリーのスパイであることを理由に、フレア団の赤スーツを着ることはなかったが、それはザリストにも都合の良いことだった。フレア団と契約はしたものの、多くの下っ端たちと同化する気はない。
 ザリストが契約先にフレア団を選んだのも、彼らの掲げる「自分さえ良ければいい」という信念が気に入ったからだ。
 そう、自分さえ良ければいい。この契約により自分の目的を達成できないようなら、さくっと裏切ってしまえばいい。自分さえ良ければそれでいいのだから、後腐れなどあるはずもない。

「ホロキャスターユーザーの解析、進んでるか」
「ああ、あなたスパイの」
 言って、ザリストはパソコンの電源をつけた。ザリストのフレア団スパイとしての仕事は、オーパーツに関する情報を集めること、そして一般人のフレア団についての怪しい噂を根絶やしにすることだ。一方ホロキャスターユーザーのデータ解析は、本来は科学者の役割だったが、ザリストはある理由から「手伝い」をしていた。
 ユーザー情報をハックして、出身地からトレーナーとしての経歴、そして手持ちポケモンまでを解析する。
 五十人ほど解析したところで、そろそろ休憩したら、と一人の科学者が言った。ザリストはデータをフレア団のサーバーに送信し、お言葉に甘えて電源を切った。
 やはり今日も無理だったか。

 ザリストの目的、それは、たった一人の家族といえるかもしれない存在、双子の妹を探し出すことだ。
 ザリストたち兄妹は婚外子であったから、深いつながりがあるわけではない。しかし、父が肺がんで死亡し、母の行方もわからない今、見つかる可能性があるのは妹だけだった。見つけてどうというものではなく、ただ、自分が何者なのか、どういった存在と血を分かち合ったのか、それを知っておきたいだけだ。
 要するに、探しているのは、妹その人ではなく、自分のアイデンティティである。

 ○

「ニダンギル、“ボディパージ”。それから……」
 ザリストは迷いなく、手持ちポケモンに支持を与える。
「“連続斬り”」
 ニダンギルが勢いをつけ、相手ポケモン――ニンフィアに襲いかかる。
 元々素早くはないポケモンだが、ボディパージで素早さを上げれば、二つの鉾の猛攻は文字通り止まらない。
「……さて」
 その一言で、ニダンギルは攻撃をぴたりと止めた。効果はいまひとつであるにも関わらず、相手は瀕死寸前。実力の差は歴然たるものだ。

 テルロがザリストに攻撃されたのは、ミアレシティに入ってすぐのことだった。
「お前、フラダリカフェがなんだと言った」
 路地裏にて、ザリストがテルロに迫る。バレエダンサーを目指すテルロのほうがザリストより身長は十センチほど高かったが、ザリストの煌々とした目はそれだけで十分威圧的であった。
「僕は、赤くて怪しい場所だなぁって感想を言っただけだ。なのにいきなり攻撃を仕掛けてくるなんて非常識だぞ」
「これ以上ニンフィアを傷つけたくなければ、あのカフェについて怪しいなどと言うんじゃない。多少アンダーグラウンド趣味の連中が集まる場所であっても、怪しいという言葉のあてはまる場所ではない」
「は、はい……?」
 テルロはニンフィアを抱き上げた。これ以上の抵抗はしないことを示すためだった。  ふん、と言って、ザリストは去る。路地裏であるため周りには誰もおらず、テルロは壁にもたれてため息をつくことしかできなかった。
「都会って、いろいろ気をつけなきゃならないんだなぁ……」


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