しなやかなグランジュテ


 テール・ロゼ・ブアンです。よろしくお願いします――と挨拶した後も、場は沈黙していた。
 ミアレバレエアカデミーに所属するダンサーたちは、全員プロになることを目標としている。今回のテルロの入学も、ライバルが一人増えたというわけで、快く迎えるような生徒はいない。
 しかし、テルロも怖じ気づかず、他の生徒たちと同じくストレッチを始めた。ヒャッコクシティでは一番になれたが、ここミアレではこうはいかないということは初めからわかっていたことだから、このぐらいが丁度よい。

 ミアレバレエアカデミーに入学できたということは、プロの踊りを間近で見ることができる、ということでもある。テルロは生徒の権限を早速利用して、ミアレバレエ団の『湖畔のスワンナ』のSS席チケットを取った。
 『湖畔のスワンナ』は、女性ダンサーとスワンナが、主人公役と彼女の敵ブラックスワンナの「二役」を「ダブルキャスト」で演じるという、特殊なものとなっている。主人公とブラックスワンナをどう踊り分けるか、というところが一番見どころあるところなのだが、今回テルロが見たいと思ったのは、別のポケモンダンサーだった。
 三幕に入ると、キャラクターダンスが始まる。バレエではなく、民族舞踊の振り付けがなされた踊りのことで、『湖畔のスワンナ』では、四つほどの地方の踊りを見ることができる。
 その中の『イベル地方の踊り』で、そのダンサーを見ることができた。
 身長1.7m、階級はシュジェのサーナイト、ハルンである。
 他のサーナイトより十センチほど高いハルンは、しなやかな身のこなしと情熱的な踊りで他を圧倒し、また人間・ポケモンどちらのダンサーと組んでも互いの魅力を最大限まで引き出す、今をときめくダンサーなのだ。
 赤と黒の衣装をひるがえし、飛躍、回転、ポーズ! 噂に違わないその技術に、テルロも釘付けになった。
 ――あのサーナイトが、まさかオスだなんて!
 こうしてSS席で見てみても、テルロには信じがたいことだった。しかし、「彼」は、女性役のダンサーとして人気を博している。
 曲はすぐに終了し、別の地方の踊りに移る。もっと彼を見たい、はやく主役をもぎ取ってほしい! と願ってしまうが、テルロはまず自分のことを考えよう、と思い直した。

 その日のレッスンが終わり、しばし自主練習をした後、テルロはミアレのカフェ巡りをはじめた。ヒャッコクシティには、町の北東にカフェがぽつりとあるだけだが、ミアレには趣向の同じ人たちが集まれるよう、カフェも町のいたるところにある。そのひとつ、プランタンアベニューにあるカフェ・トウトウの美しいトリミアンたちに、テルロはうっとりした。
 きれいにカットされたトリミアンを連れて来たら仲間に入れてあげるよ、と言われ、テルロは早速道路へ出た。ニンフィアがじとりとテルロを睨む。
「なんだよ、仲間が増えることはいいことだろ?」
「フィーア……」
 そう、こいつはなかなか構ってちゃんだ。テルロがしゃがんでニンフィアを撫でると、やっぱり気持ち良いのか笑顔になった。
「これからポケモンが増えても、あんまり意地悪しちゃ駄目だぞ。お兄さんとして優しくしてあげるんだ。この僕みたいに!」
 最後が余計ともいえそうなテルロの言葉だが、彼はまたニンフィアを撫でるから、ニンフィアもつい頷いてしまった。

 出てこいトリミアーン、とテルロは草むらにとびこむ。多くの種類のポケモンが飛び出してきたが、五分後にはトリミアンを見つけることができた。
「こいつがそうか……なかなかぼっさぼさなんだな、野生は」
 率直な感想を述べる。
「それじゃいくよ、“妖精の風”!」
「フィー!」
 ゲットの基本は、倒さないこと。あまりダメージを与えてしまうと、相手は草むらに引っ込んでしまう。
ニンフィアと同じフェアリータイプのその技で弱らせ、トリミアンは動きが鈍くなった。 「よっし、ジュッテ、ヒールボール!」
 バレエ用語を無造作に掛け声に組み込み、テルロは捕まえた後にすぐポケモンを回復できる、これまたニンフィアとお揃いの色をしたボールを投げた。ボールはゆらゆら揺れ、すぐにカチッと音が鳴った。
「やったぁ!」
 テルロはボールを拾い、すぐにトリミアンを出そうとした……しかし。
 シャッター音が響き、テルロは後ろを振り返った。
「誰だ!」
 人影がさっと林に引っ込む。
「盗撮はいけないよ、ニンフィア、“砂かけ”!」
「フィッ」
 ニンフィアは、人影を追うテルロの指示に従い、的確な場所に砂をぶちまける。人影は立ち止まり、ごほごほと咳をした。
 テルロはその人の長そでを掴む。
「なんでこんな暑い日に長そでなの」
 色々な過程をすっとばし、テルロが言ったのは、汗だくの相手を訝しむ言葉だった。
「半袖着たらいいのに」
「うるさい」
 相手は手を振りほどこうとするが、テルロの力のほうが数段上であった。
 なかなか顔を見せない相手に、テルロはいらいらしたが、ニンフィアは相手の手を鼻でちょい、と動かして、撮影した写真のうつった画面をテルロに見せた。
「へぇ、結構イケメンに撮れてんじゃん。これ僕にもくれよ」
「は……?」


粉さん宅イベル地方、お名前だけお借りしました。
湖畔のスワンナ=白鳥の湖、イベル地方の踊り=スペインの踊り です。

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