心中を暴け


 その日のテルロは、アリサと共にカフェのテレビ付個室を借りていた。
「まさかハルンさんが、生徒時代にスワンナ役をしていたなんて」
「参考にしたら、って、先輩が貸してくれたの。私もびっくりよ」
 互いの家で見るという選択肢がなかったのは、その記録媒体が理由だった。
 ブイ・エッチ・エスとかいう、小さい頃に触れたか触れていないかというレベルの、テープレコード式の物体。テルロの家にもアリサの家にも、それを再生できるデッキがなかったのだ。
 ビデオをデッキに入れ、リモコンの再生ボタンを押す。それ以外の操作は何もいらなかった。
 いかにもアナログ時代といった画質で、物語ははじまる。王子役は人間で、今はカントーのバレエ団で活躍している男性ダンサーだった。アリサはハルンの登場シーンまで早送りする。
「出た」
「うん」
 貴重なハルンのアマチュア時代の映像だ。二人は画面を食い入るように見る。
 二幕が終わって、テルロが言う。
「……これがスワンナ」
「そしてブラックスワンナが」
 ブラックスワンナの登場は三幕であるため、そのまま再生を続ける。
 確かにこの頃からハルンの才能は感じられるし、今のハルンを思わせる動きも多い。
 しかし、今のテルロとアリサに決定的に欠けているものは、ブラックスワンナと王子のパ・ド・ドゥで明らかとなる。
「この解釈……王子は本気で恋に落ちてる」
「ブラックスワンナの動きは……ん!?」
 ハルンは、まるでスワンナ役の時と同じ表情と動きで王子と向かっていた。
 ……と思いきや、王子に見えず客席に見える角度で、悪役の姫らしい妖艶な笑みを浮かべる。
「上手い……!」
 スワンナが、ブラックスワンナが、という問題ではない。王子は目の前のブラックスワンナを本気でスワンナだと思い込んでいるのだ。
 それはブラックスワンナの挙動がそうさせているし、スワンナの動きをそのままなぞるだけで、ブラックスワンナとしては愉快が止まらない。
「アリサ。ハルンさんはここで実力を認められて、プロになったんだよな」
「ええ。王子役のダンサーもこの後にヤマブキバレエ団を受けて合格してる」
「僕たちも続こう」
「言われなくとも」
 二人はビデオを片付けて、カフェを出た。向かう場所など決まっている。

 ○

 ああ、最悪だ。
 確かにサルビオは、メイアをつけているはずだった。……あの日のように。
「今の声。……あんた、女なの」
 いつかどこかで出会った黒髪おさげの少女が、目をこわばらせてサルビオに言う。どうやらあちらもサルビオの顔を覚えていたようで分が悪い。
 数か月前のザリストとの一件以来、自分の女性的な部分も少しずつ受け入れられるようになったサルビオは、ミアレ出版に電話を入れる時、たまにふざけて地声を出すことがあった。
 もっとも、誰も見ていない場所で細心の注意を払ったうえで、だったのだが――よりによって彼女に見られてしまうとは。
 不審な目を向けるおさげの少女に、じり、とサルビオは歩み寄る。そのまま壁際に追いつめた。髪型のせいでシルエットが隠れていたためにわからなかったが、彼女はサルビオよりも長身で細く、言ってみれば女性に憧れられるタイプの女性だった。
 そう、まるで――モデルのような。
 それに、彼女と前に会った時だって――
「女だった時期もあったかな?」
 わかった。
 そうとなればこちらのもんだ、とサルビオは余裕の笑みを浮かべた。その態度が、おさげの少女の恐怖心を増幅させる。
「このこと、誰にも言うなよ。俺も大体、お前が誰かわかったから、な……」
 名指しするなんて意地の悪いことはしないが、彼女は間違いなく読者モデルのメイアだ。さすがにこれ以上迫ってしまうと自分が悪人になってしまう(この職でそんなことを思案すること自体が野暮というものだが)と考えたサルビオは、あっさりと身を引いて、その場を去ろうとした。
「ま……待ってよ」
 彼女の、怯えていながらも人前に出ることに慣れていると感じさせる声が、サルビオを止めた。
「なんで……そんなに自信を持ってるの」
「経験、かな」
 今すぐ戻りますぅー、なんて、ひどい連絡を入れてしまったのだ。黒髪おさげの少女――メイアにはあっさりと返事をして、ミアレ出版へ急いだ。

 ○

 大体のトレーナーは、こちらから返すために来たといえば、すんなり納得してくれた。
 気付いたら無くなってて、届けてくれるなんてあなたたち親切ねえ、と、そもそもザリストがオーパーツを盗んだとわかっていない人もいた。
 しかし、中には大声で怒鳴りつけてくる人もいる。そういう時ザリストは逃げたくなるのだが、なぜか付添であるはずのジャスミンは一切逃げることなく、真摯に謝罪する。どう見ても育ちの良い彼女は他人に信頼感を与えるし、礼儀正しく頭を下げる彼女の姿が、相手の心を解したことも一度や二度ではない。
「自然界から拾った石は返すのも楽ちんですね。自然にかえすだけですから」
 そして今も、隣で笑っている。あのギルガルドもすっかり懐き、最近ではザリストが剣を、ジャスミンが盾を磨いている。
「アズール湾が綺麗に見えますわよ、出ておいで、ブロスター、ブリガロン」
 ジャスミンの手持ちポケモンはというと、今元気に出てきた二匹を含め、ボリュームのあるポケモンが多かった。ブロスターとブリガロンは、ザリストとジャスミンを囲むように天然芝に座る。
「ヒヨクシティは本当に良い景色を見られますわね。隣町ながら、あまり来る機会はないのだけど」
「ジャスミン、隣町なのか。となると、地元はミアレ……」
「いえ。シャラシティですわ」
 双子の片割れの故郷と同じだ、とザリストは即座に思った。そのこともあって、シャラシティのことならそれなりに話せる。
「格闘タイプのジムリーダーが行動的ってよく聞くよ」
「そうなんですよ」
「会ったことは?」
「ありますよ。いつもルカリオと一緒にいて、まるでスーパーヒーローのような決め台詞があって」
「ヒロインじゃなくてヒーローなんだな!」
「ええ。元気で素敵な方です」
 このとき、ザリストは薄々気づいていたのだ。生まれも育ちも天地の差がある自分が、ジャスミンと共通の話題を持てることが、どれだけ喜ばしいことなのか、それがなぜなのか、を。


 比呂さん宅メイアちゃん、終日さん宅ジャスミンちゃんお借りしました。
 160513 ⇒NEXT