舞台の君、日常の君


 年に一度のチャンス、ミアレバレエ学校の公演日はすぐに訪れた。
 地元のバレエ教室にいた時よりも練習できる期間は圧倒的に少ない。その中で、テルロなりに多くのものを吸収したつもりであった。
 今回のパートナーであるアリサとも解釈を合わせ、技術を高めた。
 いける。
 幸い、観客が多いほうが目立ちたがりのテルロには好都合だ。あとはへまを外さないだけ――
「サナナ」
 テルロ、と。なんとなくそう聞こえる言葉の並びで、ハルンはテルロを呼んだ。
「ハルンさんっ、来てくれたの……」
「サナ」
 そのまま、柔らかい手でテルロの手を握る。
 好都合なんて思い込んでいても、震えは簡単には止まらない。
「サーナナッ!」
 いってらっしゃいと、ハルンが送る。
「あのっ!」
 僕は絶対絶対昇格してみせますから、ハルンさんも今期で昇格して、さらなる高みで僕を待っていてください!
 一気に言うと、ハルンは凛々しく笑った。

 まずは一幕から。スワンナ役のアリサは出てこないが、ひとつひとつ丁寧に仕上げていこうと、テルロは踊った。
 跳躍や派手なパフォーマンスなど、あとでいくらでも見せてやればいい。まずは丁寧さで、ミアレバレエ団の上層部とミアレ市民に、次のプロ昇格、否、次代のエトワールはテルロしかいないと印象づけてやるのだ。

 アリサも出演し、本格的に二人で踊り出す。ロゼッタの言葉も思い出しながら、甘く、観客までも恋に落とすような。
 アリサの演舞も非常に丁寧だ。アリサも同じような考えなのかもしれない。というか、確実にそうだ。
 したり顔になりそうなところをこらえ、演技に集中する。舞台の上では、恋に落ちた二人なのだから。

 『湖畔のスワンナ』での主役の一番の見せ場は、スワンナではなくブラックスワンナ役の時であったりする。
 ここの振り付けは跳躍に回転に、とにかくテクニックを見せる場面が多く、観客もおおいに盛り上がる。
 王子の前に現れたのは、黒い衣装に身を包んだ美人であった。彼女はまるでスワンナに似た動きで、王子を誘惑する。王子はあっさり恋に落ちる。
 ――このシーンは、もちろん先輩であるハルンから勉強してのことだが、アリサとて、他人のテクニックを盗むだけで満足するダンサーではない。
 パ・ド・ドゥのはじめの、アダージョと呼ばれる二人での演舞は、とにかく慎ましく、スワンナとほぼ変わらないような。
 王子が本気でスワンナと思って共に踊る、という解釈としてはありなのだが、観客としては、スワンナとブラックスワンナのギャップを見られずにややがっかりしてしまう。
 そこで、だ。
 まずはテルロがソロ曲で跳躍する。非常にダイナミックな曲で、舞台全体を利用して広く一周するように走る、跳ぶ、魅せる!
 そこで観客のテンションを上げたところで、ブラックスワンナ――アリサの出番だ。
 ここで爆発した。
 王子に見せていた慎ましやかな性格は身をひそめ、ブラックスワンナとしての魅せ方に集中する。
 テルロから見ると、とても本人に言えたことではないが、アリサはややきつめの性格で顔も悪女を思わせるところがあるので、こういう役のほうが合っているのだ。
 テルロから見てはまり役なのだから、観客から見ても当然はまり役だ。
 アリサの演舞が終わってコーダ。
「ブラボー!」
 歓声と口笛が飛んだ。さらには立って拍手をする者もあらわれ、最終的には会場のほぼ全員がスタンディングで拍手するに至った。
 テルロとアリサは丁寧にお辞儀する。
 しかし物語は終わっていない。
 ブラックスワンナの正体、悪魔の存在、絶望する王子とスワンナ――そして再び結ばれ、愛を確認するまで、技術としても解釈としても、納得のいくものになるよう、そして物語の終結に向けて盛り上がっていけるよう、テルロもアリサも、他のダンサーたちも自分の役割を精一杯踊った。

 終幕の拍手を聞いた時に、テルロははっと我に返った。
 終わったのだ。僕は役になりきれていただろうか?
 カーテンコールでは多くのダンサーが礼をしたあとに、まずテルロが舞台に出る。そして次にアリサが舞台に出て、一人ひとりが礼をしたあとに互いにも礼をした。
「ブアーンッ!」
「プリコフスカヤーッ!!」
 ミアレバレエ学校の生徒を長年見ているコアなファンから、今日偶然立ち寄ってファンになったミアレ市民まで、若き二人のエトワールの誕生に心を躍らせていた。

 ○

 これで終わり、と、ザリストはオーパーツを海に投げ入れた。
 このまま海に沈むのか、また出会うべきポケモンとトレーナーに出会うのか。ゆくえは誰にもわからない。
「終わり、ですね」
 隣で見ていたジャスミンが言った。
「ありがとう。ジャスミンのおかげだ」
「私はほんの少しお手伝いしただけですわ。でもそう言っていただけると報われますね」
 ジャスミンは無邪気に笑った。
「……それで」
 いつになく真剣な表情で、ザリストはジャスミンを見た。ジャスミンは黙りこくる。
 顔が顔だから女の子を怯えさせてしまうのは仕方ない、と割り切りつつ、ザリストは歯切れ悪く言った。
「また、たまにこうして会わないか? 大体俺はミアレにいる、し」
 言われて、ジャスミンがアップルグリーンの目を真ん丸くした。しかしすぐに目を細めて微笑む。
「喜んで」

 ○

 そのニュースを聞いたのは、バレエ学校とバレエ団の女子クラス講師からだった。
「ハルンさん、昇格できなかったんですか!?」
 市民の興奮冷めやらぬまま、ほぼほぼプロ昇格確実の二人を前に、講師は困り顔になった。
「未熟者の私が申し上げることをお許しください。しかし、今のハルンさんはプルミエール・ダンスーズとしても踊れる実力をお持ちであると思います」
 テルロと比べて冷静な調子でアリサが言った。彼女もまた、ハルンのことを深く尊敬している。
「そうね。それはみんなわかってるのよ」
「じゃあなんで! ……ひょっとして、オスなのに女役してるから駄目だってのは」
「そういう問題も乗り越えて、「彼」は今の地位にいる。……そう話したうえで、なんで、と訊かれたら」
 テルロとアリサはごくり、とつばを呑んだ。
「ハルン――「彼」には、プルミエール・ダンスーズに昇格できない、もっと困難な理由があるわ」

 アンサンブル・プレイングII

 Fin.


 えらく人間中心の展開となってしまいましたが、二部はこれにて完結です。
 最終話でも終日さん宅ジャスミンちゃんお借りしました。お世話になっております。
 ハルンの昇格できない決定的な理由、また『豊縁曼荼羅』に登場したソラの両親が結婚しない理由などは、次作『アンサンブル・プレイングIII 曼荼羅の西遊』で明らかにしていく予定です。
 カグロやメグも出ます。こちらも併せて宜しくお願いいたします。

 160513
 Next Stories are...
  ⇒アンサンブル・プレイングIII 曼荼羅の西遊
  ⇒豊縁曼荼羅(ORAS)
  ⇒聖なる山、バトルの申し子