幻追尾のフロンティア


 その二人は、対面すら久しぶりであった。
 いつかぶりに双子の片割れが連絡してきたと思いきや、この子の面倒を一緒に見て欲しい、と五歳の女の子を示して言うのだ。さすがにザリストも返事に困る。
「ゾラってんだ、ボルケニオンを追っている時に俺が保護して……」
「ソラだよぉ」
「ふぅん、ゾラか」
 やはりザリストもサルビオの発音に倣った。
「どうしても仕事しなきゃならねー日もあるし、お願いだ、一緒に面倒見てくれないか。そうしたら、交代でボルケニオン捜索だってできるし、それでギャラもらったらもちろん半分はやるし」
「……まあ、そんな必死に言われなくても、面倒は見る……お前のことだ、迷子ちゃんとして警察に知らせないのも、考えがあんだろ」
「ザリスト!」
 ザリストも、数日前のサルビオがそうしたように、しゃがんで、不器用に笑う。サルビオよりは幾分か厳つい顔立ちだが、ソラがあまり警戒しなかったのは、ひとえに彼とサルビオに似たところがあったからだ。

 Xalist

 その綴りと、「ザリスト」という発音が一致せず、ソラはあれ、あれと何度も首を傾げた。
「ローマ字は知ってても、エックスからはじまる単語なんてなかなか読めないもんな。ザリストだよ、ザ・リ・ス・ト」
 サルビオが言うと、ソラはざりすと! と元気に返事した。

 ○

 サルビオが霧の気配を察知したのは、現身の洞窟を形成する山の中腹であった。
 この辺りにボルケニオンが、と、サルビオは息を殺して辺りを見渡す。
 薄いフィルターのような霧の向こうに、気配を察知してボールを投げた。
「ボルケニオン! ……いや、人間か?」
 ボールから出てきたのはフラージェスであった。ミストフィールドという技をもつそのポケモンは、霧の中でもある程度視力が効いた。
「フラージェス、正体は……」
「動くな」
「えっ」
 流暢な英語で言われ、サルビオはフラージェスへの指示をやめた。岩場に追いつめられたフラージェスの額に、彼のポケモンであろうウルガモスの角が触れていた。
「その様子じゃあ、お前はまだ対峙したことがないんだな。……ボルケニオンと」
「……お前は!」
 振り向いた人物は青年であった。ウルガモスの光により、サルビオの目にもくっきりと映り込む。深いウモレビブルーの瞳に、後ろで結った長髪、トレードマークともいえる銅色のバンダナ――
「サクハ地方ファクトリーヘッドのカグロ!」
「なんだ、知っているのか。……はじめてこの地方で知っている人に会った」
「出身はオブリビア地方ソピアナ島。嘗てとある大陸やイッシュ地方、オーレ地方でバトルの修行をした経験があり、サクハ地方バトルフロンティアのオープニングスタッフとして……」
「わかった、よくわかった。そんな詳しい説明などされずとも、俺はカグロで間違いない。いきなりプレッシャーをかけに来たんだ、お前にも名乗ってもらおうか」
「……サルビオ、だ」
 サルビオが名乗ったところで、カグロはウルガモスに指示をした。そこで、岩場とウルガモスに挟まれ身動きが取れなかったフラージェスがようやく解放される。
「このフラージェス、よく育てられているな。トレーナーとして手合せしたいぐらいだ……焦る気持ちはわかるが、焦ったところで正体を現す相手ではない。現に、ここにはもう居ないみたいだ。また後日だな」
「まるで一度会ったかのような言い方……ですね」
 カグロが近づいてきて、サルビオは語尾が丁寧な口調になった。テルロほどではないが背が高く恰幅が良い。それにテルロよりも年上だ。
「お前が俺の顔を見て色々と経歴を言ってきたんだ、なら俺はお前の行動から当てよう。お前、ミアレ出版の関係者だな」
「……ってことは、あなたがはじめの目撃者!」
 ああ、とカグロは低い声で返事をした。
「この取材はマル秘メモとして扱い、後日ミアレ出版から協力者を派遣すると言われてそのままだったが、そうか、サルビオ、お前のことだったか」
 俺そんな話聞いてねーよ!
 カグロから出た言葉が衝撃的で、思わず心で叫んだ。ついでに、あの先輩め! とも。
「……そうですね……恐らくそうでしょう。改めまして協力者となります、サルビオです。よろしくお願いします」
「カグロだ、よろしく。別にお前もこの前の彼女も低姿勢で来なくとも、お前の実力を利用して特ダネをぶんどってやるぐらい言ってくれていいんだが」
「なっ……!」
「儲け話には興味がない。俺にボルケニオンの捜索をまともにさせてくれるならな」
「はぁ、そうですか」
 なぜ俺が俺とはじめて会ったときのテルロのような挙動をとらなくてはならない、と、サルビオは随分昔の出来事を持ち出して、苦虫を噛み潰したような顔をするのだった。


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