エトワール列伝


 プロになったは良いものの、「その他大勢」からやり直し。
 テルロは、ミアレバレエ団団員としてプロの世界で踊るようになり、階級はカドリーユ、一番下からになった。ここからまた、シュジェ、プルミエ・ダンスール、そしてエトワールへと、さらに厳しい競争に晒されることとなる。
 とにかく給料が安いのでアルバイトも並行していたが、身体が資本と心得て基本的には節約生活で生計を立てている。
 いつか絶対トップに立つ! 熱い思いは今も胸にあったが、一方で気がかりもあった。
「あ、テルロじゃん。元気してた」
 ひゅうっ、と、テルロの頭上を風が駆け抜けた。オニドリルに乗っていたその同輩は、減速してミアレの石畳に立つ。
「アリサ!」
「久しぶり。休暇が入って、こっちにも来てみようかと」
「アリサって地元はバトルゾーンじゃ……?」
「んー、地元にも帰りたかったんだけど」
 プロ昇格を言い渡されたあの日、アリサはその話を断った。
 聞けば、コンクールで賞を取ったために、北のハロシイ地方にあるバレエ団から声がかかっていたらしい。
 そして、テルロはミアレバレエ団のカドリーユとして、アリサはハロシイ地方バレエ団のシュジェとして、道を分かつ結果となったのだ。
 女性のほうがいろいろとしんどいのは百も承知だが、賞をとればいきなりシュジェだ。自分と比べると生活にも余裕があるのだろう、とテルロは思う。
 ともあれ、友人が会いに来てくれるのはテルロとて嬉しい。テルロはアリサの話の続きを促した。
「……ハルンさんのこと」
 アリサは真剣な顔つきになった。
「君がさっさとハロシイ地方に行ってしまったから、僕は誰にも話せずにいたよ」
「まあそうでしょうね。まさか、ハルンさんが……“おや”のいないポケモンだったなんて」
 ――あの日、女子クラス講師から言われたこと。
 テルロもアリサも、忘れるはずがなかった。
 ハルンは、サーナイトに進化してしまったがためにパトロンが腹を立て、“おや”不在となり、バレエ団で保護されたポケモンだったのだ。
 この数年でメガシンカ研究と実践ノウハウが飛躍的に蓄積し、バレエ団でも演出のひとつとしてメガシンカを取り入れようという気風のある時期に、“おや”がいないのはかなりのハンデであった。
「あれから、なんとなく、ハルンさんとも話せなくて」
「でしょうね。こっちにいる間にハルンさんにも会いたいんだけど」
「うん……あ、それなら! アリサならきっと今でも関係者として入れるよ。そしたら確実に会える!」
「そうね」
 しんみりした空気をどうにかしようとテルロが提案すると、合わせるようにアリサも笑った。

 ○

 その日のサルビオは、久しぶりに休みらしい休みをとっていた。
 双子の片割れとしてザリストもカグロに紹介し、今頃二人でボルケニオンを追っていることだろう。
 シャラシティのマンションのとある部屋で、ゾラも楽しく過ごしている。
「さるびおー、お部屋、すごくきれいにしてるんだね!」
 相変わらずサルビオには通じないニホン語で、ゾラは話す。
「ポケモンたちも出てこれるんじゃないかなー、ね、トゲピー、メリープ!」
 幼いながらもモンスターボールはきっちり携帯しており、ゾラは二匹のポケモンを出した。メリープはカロス語と違う名だが、トゲピーはカロス語でも「Togepi」であるから、サルビオにも通じる。
「トゲピーか。珍しいポケモン持ってるんだな」
「ちょげーい!」
「あ、ごめんね、ボールから出してなかったから……ほら、いい子いい子。あれ、メリープ、どうしたの?」
 メリープは、サルビオの机に備え付けの引き出しをじっと見つめていた。なにか電気の力が惹かれるのかもしれない、とサルビオは思ったが、そのせいで止めるのが一瞬遅れた。
「なにが入ってるんだろう?」
「あ、こら、開けるな」
 人の引き出しを!
 ゾラは構わず開けると、その引き出しに雑多に詰め込まれた写真を見て、素っ頓狂な声をあげた。
「ふぉー、ふるーいお写真だ!」
 サルビオの止める声もきかず、ゾラはそれらの写真をランダムに拾い上げる。
「うわー、この人きれー。この人も、この人もー! メリープはどの人が好き?」
「めへへ……」
 その古くなったセピア色の写真と、ゾラの若々しい笑みのギャップを見せつけられ、サルビオも黙ってしまった。
 それは、昔自分が撮った写真だ。そしてゴシップ誌に載せられ、引退した者、無視した者、大した騒ぎにならなかった者――それぞれに時代を象徴した人物たちだが、今はほとんど表舞台からは姿を消している。
 カメラをデジタルにしてからは開けることのなかった引き出しだ。自分が突き落とした(あるいは突き落せなかった)人物たちの写真を律儀に残していた理由を話せと言われても、今では明確な理由も思いだせない。
「ねー、さるびお、これ貰ってもいい?」
 言って、ゾラは写真数枚を胸に当てる。その仕草にげ、とサルビオは思ったが、ここで断るとまた捨てる機会を逃してしまう、と思い直す。
「ほら、好きなだけ持ってけ」
 サルビオは引き出しを最後まで開けて言った。ゾラはうわぁー、と笑い、また写真を漁り出した。


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