よみがえる野性


 テルロとアリサがハルンに会いに行った時、ハルンはちょうど取り込み中だった。見たことのない女性が一方的に話している。二人は耳をそば立てた。
「そう。どうしてもならないと。でも、そろそろあなた、時期的にヤバいんじゃないの」
 女に言われ、ハルンは目をぎゅうと瞑って首を横にふる。
「詰め寄られてる……?」
「しっ」
 テルロの言葉にアリサがすぐさまストップをかけたが、目を開けたハルンにはすぐさま気づかれた。
 懐かしい女の後輩と、自分に憧れてプロまで上り詰めてきたのに全く話しかけられない男の後輩を確認するやいなや、ハルンは慌てて手をかざし、その場から消えた。
「テレポートね、ま、仕方がないか。また気が変わるかもしれないし」
「あなた、ハルンさんに何を!」
 ちょっとテルロ、とアリサが止めるのも聞かず、テルロは女に荒い語調で訊いた。
「……あのサーナイト、「おや」がいないでしょう。あのままだと、野生にかえるのも時間の問題よ」
 女の言葉に、テルロもアリサも青ざめた。

 ○

 試合の日程表を見ながら、メグはあれこれと考えていた。
 地元のプロサッカーチーム、ライモンジーブラーズに所属する若手フォワードのチェンスがカロス代表に選ばれたというのだから来るほかない。しかし、緻密なスケジュールを組むのは苦手だし、ここミアレシティの都市設計はライモンやヒウンとは違っているしで、メグはやや疲れていた。
「ってダメダメ! 私はまだまだ若い! ……あれ、あの子どうしたんだろ」
 よし、と気合いを入れたメグの視線の先に、さきの騒動でテレポートしてきたハルンが立っていた。もちろんメグはその騒動など知る由もないわけであるから、純粋にその息の乱れたポケモンを心配して駆け寄る。
「どうしたの、疲れてるの? ……ひょっとして、あなたエスパータイプかな? じゃあこの子とのほうがお話しやすいかもね。おいでよ、ごっさん!」
 メグはボールを一つとり、幼馴染のゴチルゼル、ごっさんを呼んだ。ゴチルゼルは見慣れない街をきょろきょろ眺めたあと、メグとハルンのほうへと向き直る。
「ごっさん、この子の気持ち……わかる?」
 ゴチルゼルは、似た体型だが自分より断然細い体型のポケモンの手を優しく握る。そして、一人と二匹の周りに宇宙を描いてみせた。ゴチルゼル得意の、その者の深淵を覗くテクニックだ。
 しかし、その夢幻の星々はハルンによって破壊される。ハルンは、危機を感じたのか、メグとごっさんに強い念波を放った。
「きゃあ!」
 ゴチルゼルはどうにか留まったが、メグは後方へ吹き飛ばされる。直前、気がついたゴチルゼルが手を掠めていなければ、ビルの壁に叩きつけられて致命傷になったかもしれない。
「なんだ!?」
「あのサーナイトだ!」
「あなた、サーナイトってポケモンなの……、どうして……」
 近くにいた誰かが通報し、ゴチルゼルと後遺症に苦しむメグは担架で運ばれ、ハルンは拘束された。

「最低」
「暴力バレエ団!」
 そういう記事の号外やオンラインニュースが夜には流通し、ミアレシティの世論は一気にバレエ団批判、そしてハルン批判に染まった。
 落ちていた号外を拾ったテルロは、こんなことが、と愕然とした。
 優しい性格のハルンが、道端の人間、それも十代の女の子を襲うなんてありえない。ありえないから、テルロは考える。昼間のあの女性の言葉が正しければ、ハルンの野生化が始まっているのだ!
「何ができる……今までいっぱい助けてくれた先輩に、一体何ができる?」
 ミアレの雑踏の中、力なく落としたビラは誰かに踏まれる。今のテルロには、そう呟くことしかできなかった。


 160622 ⇒NEXT