すれ違う思い


 弱ったなぁ、とメグは思った。
 たまに頭がずきりとするだけで、病院で一晩寝たら元気になってしまった。
 昨日のニュースの真相を追ってマスコミが奔走する中、一応当事者であるメグはあっけらかんと、自分のことを考えていた。
 今日はチェンスの出場する試合なのに観戦に間に合わない、と。
 そして、壁の時計を見る。
「いや、若手だし、スタメンで出場するとは限らないし! まだまだ間に合う、間に合……う?」
 そう呟くと、ドアの外側から多くの人の声がした。
「目覚めたんですね? ぜひお話を」
「昨日のサーナイトとの話を!」
「患者さんを刺激するのはおやめください!」
 ひ、と一声出して、メグはあとずさった。私は元気なので試合に行かせてください、と言ったところでマスコミは引き下がらないだろう。どこかに逃げ道は、と思い窓から外を見てみると、入り口にもマスコミがひしめき合っており、従業員が必死の形相で止めている。
「あ、少女だ!!」
「おーい!!」
 窓から顔を覗かせる「少女」に気づき呼んでくるマスコミを見て、全く勘弁してほしいとメグは思う。これでは昨日の傷よりも不快ではないか。
「あ、いたいた、そこの彼女ー」
 近くで呼ばれて、メグは辺りを見回す。まさかドアを突破されたか、と危惧したが、部屋を見てもしんと静まりかえっている。
「こっちよー」
 ばさあ、と音がして、メグは気が付いた。それは、オニドリルに乗った女性の声だったのだ。
「え、ええええ、ここまで乗ってきたんですか?」
 メグは英語で話した。
「びっくりさせてごめんね。私はアリサ、あなたは?」
 アリサはカロス語で返した。
「……マーガレット、メグとお呼びください。あと、英語のほうが有り難いです」

 部屋に入れてもらい、本当に申し訳ない、とアリサは謝った。
「私はもうミアレバレエ団の者じゃないから、私が言っても意味がないかもしれないんだけど……」
「いえいえ、そんな」
「事情もそのうち報道されるでしょう。許してなんて言わないけれど、ハルンさん……あのサーナイトにも色々あって」
「大丈夫ですよ、私、ぴんぴんしてますから」
 そう言ってメグはガッツポーズを取った。それから、はっとして時計を見る。
「あーっどうしよ! 今日はこれからフウジョに行かなきゃいけないのに!」
「あら、フウジョに? それなら、お詫びといってはなんだけど、オニドリルに乗っていきなよ」
 とっても素早い、私の愛する乗りポケよ! と言えば、隣にいるオニドリルは照れ笑いを見せた。
「えー、いいんですか!?」
「どうぞ。私にはギャラドスもいるしね」
 よろしくねオニドリルさん、と話しかけ、メグは窓に立つオニドリルに飛び乗った。
「あとは私がなんとかしておくから」
「それじゃしばらくお借りしますね、えーと、アリサさん!」
 メグは朗らかに発つ。その姿を、マスコミも、従業員たちも、呆然と眺めていた。

 ○

 私たちの娘を知りませんか。
 と、テルロは疲れきった女性に訊かれた。傍らには、夫と思われる恰幅の良い男。
「白い髪に青緑の目をした五歳の娘なの」
「知りませんねえ……ただ、そういう情報が集まる人は知っています。一度彼に訊いてみますね」
 言って、テルロは電話をかけ始める。あのパパラッチならば、何か知っているかもしれないと思ったのだ。
「あーもしもしサルビオ? あのさ、迷子ちゃん知らない?」
「迷子ちゃん?」
「ああ、白い髪に緑の目だって。ご両親が今隣にいて」
「……心当たりがあるといえばある」
 おお、とテルロが言って、大人二人が反応した。そして藁にもすがるような思いで通話相手の言葉を待つ。
「ご両親の名前、訊いておいてもいいか」
 サルビオにそう言われ、テルロは確認をとる。了承を得て、テルロは再び端末に話しかけた。
「えーっと、お父さんがカクタさんで、お母さんが、ウィエさ」
 そこまで言いかけたところで、受話器の向こうですさまじい爆発音がした。蒸気を思わせる音だ。
「サ、サルビオ!?」
「今すぐ切ってくれ」
「え……?」
「もういい、こちらから切る!」
 ぶち、と音がして、テルロは思わず耳を離した。カクタとウィエには何が起きたかほとんど伝わらなかったが、最後の乱暴な言葉だけはしっかり聞き取れた。
 お、おいおい、とテルロが戸惑うなか、二人はがっくりと肩を落とした。
「結局、彼の言う心当たりとは何だったのか……」
「最近ではサーナイトが暴力をふるった件もあるし、今頃どうしているの……」
 そのときのウィエの言葉がどうもテルロの癪に障り、大人げなくも言い返してしまった。
「ハルンさんはそんなポケモンじゃない!」
 その言葉を聞いて、ウィエは絶句した。鼓動が高鳴る。元々ストレスへの耐性は強くないタイプだが、ソラと別れてからパニックになることが増えたウィエだ。カクタは落ち着いて、とウィエの肩に手を置いた。
「落ち着いていられますか! あなた、あのバレエ団の人なのね!」
「え、その、ウィエさ」
「さっきの電話の人だって、グルなのでしょう! 私たちの情報を流すだけ流して……今度は一体どんな悪事を働くつもりなの!」
「やめろ、ウィエ!」
 泣き叫ぶウィエよりもさらに大きな声でカクタが止めにかかる。あなた、あなたとさめざめと泣くウィエを抱きしめ、優しく撫でる。
「少年よ、すまない。協力してくれてありがとう。でももう、僕たち家族には関わらないでくれ」
 その二人の悲しき後ろ姿を見て、テルロには投げかける言葉もなかった。


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