夜の行進


 二人の記憶をこめた名前だった。
 一に発音。ZORAと書いてソラと読むこのスペルは、カクタのルーツであるサクハ地方少数民族「砂の民」の言葉に由来していた。民族の血を絶やさぬためと、カクタもとても可愛がっていた男に何度もサクハへの帰還を促されたが、果たして彼はホウエンでウィエと出会った。
 そしてZという文字。カクタにウィエはあまり過去のことを話したがらないが、カクタの知る限りでは、「ニホン語でも爽やかさを与える名前であるし、また再びの始まりをも意味する」ということでソラという名前を非常に気に入っているようだった。
 家族となった今も、二人して過去にとらわれている。
 だから、カクタは、希望を与えるのだ。
「ソラは生きている」
「証拠はあるの」
「だって今も二人一緒にいる」
 ウィエは顔を上げた。
「探そう。探したら見つかるんだから」
 差し出したカクタの手に、ウィエが手をのせるまで、ほんの少しだけ時間がかかった。

 ○

「私の思いに応えてくれるのね」
 よく育てられたフーディンは頷く。
「フーディンは知能指数が高い……でも、いくら物分りの良いあなたでも、こんなところまで飛ばされてしまった意味はわからないんじゃないかしら」
 フーディンは渋い顔をする。女は、持っていたキーストーンをベルトにつけて、指で一周撫でた。
「大丈夫。出会って間もないけど、苦しさは共有すればいい」
 その呼びかけに呼応するように、フーディンが器用にスプーンの上に乗せていたフーディンナイトも光り出す。
「時を超えしキーストーン、フーディンが身に力を与えよ。……メガシンカ!」
 宵闇の中、その光はひときわ眩しく輝く。
 女が目を開けた時、フーディンの身体は宙に浮き、より老成した様相で女を見つめ返した。

 ○

 降って湧いたように訪れたレトロブームに、テルロは一種の気味の悪さを覚えていた。
 美術館は人でごった返し、骨董品が飛ぶように売れ、またそこまで古くはなくとも、ヴィンテージ家具も人気だ。
「なんか……レッスン前よりやばくなってません?」
 テルロは、レッスン後に夕食を共にした先輩オランデに訊いた。
「確かに。なんだか道ゆく人の服装までレトロになっているような」
「ですよね」
 異変に気が付いたのは昨日の夕方であった。突然、ミアレのローカルメディアがレトロ品・レトロ思考の魅力を報道し始め、ミアレ市民たちは一斉にそれに食いついたのだ。
 しかし、ミアレバレエ団員やバレエ学校の生徒たちは全くと言っていいほど食指が動かず、ミアレの動向についていけず戸惑っている。
「それに、なんだか見かけないポケモンも増えた気がする。ミアレには路地裏に人知らずポケモンたちが住んでるっていうけど、急にメインストリートに出てきているというか」
 と言って、オランデは上空を指した。意志があるのかないのか、ぼんやりとバケッチャやランプラーたちが浮遊している。
「それもゴーストポケモンなんだよな。気付かないほうがおかしいと思うんだけど、みんなレトロ品に夢中だし」
 テルロはつばを呑んだ。事件の可能性があると思ったのだ。
 しかし自分に思い当たることなど何もないし――としばし黙考に至らんとしていた時、高い声が二人を呼んだ。
「オランデさん、テルロー!」
「アリサちゃん」
 先に反応したのはオランデであった。二人に気付かれてぱっと目を見開いたアリサは、駆け寄って、呼吸を整える。
「レトロなもの持ってなかったから、テルロたちも興味湧かないのかなって思って」
「ってことは、アリサも!?」
「そうなのよ。一体なんなのよ、これ。……来た!」
 えっ、とテルロが反応した時には、すでに視界がポケモンの姿をとらえていた。
 一匹一匹はものすごく小さいため、かなりの大所帯であることがわかる。
 バチュルの大群だ。しかもアリサに対して明らかな敵意を持っている。
「さすがにメインストリートでギャラドスは出せないから……」
「わかった。頼む、ニンフィア、トリミアン!」
「ビビヨン、君もだ!」
 テルロとオランデがそれぞれポケモンを出す。バチュルのはじめの一斉電撃には間に合わず、ダメージを受けてしまうが、ニンフィアとトリミアンはほぼ動じなかった。
「おお!? いつの間にか強くなったか」
「……テルロ。私のビビヨンの特性はフレンドガード。守りは私とビビヨンが固めるから、前で攻撃してくれ」
「わかりました。トリミアン、不意打ち。ニンフィア、スピードスター!」
 誰より早くトリミアンが動き、バチュルたちを散らしたところで、スピードスターの迎撃。この数年で磨いたコンビプレイだった。
 数匹のバチュルは倒れ、他のバチュルも逃げていく。
「よっし。……て、げぇ」
 テルロは急に明かりでも消えたのか、と思い、頭上を見上げぞっとした。三人とポケモンたちの上にだけ、ふわふわ飛んでいるだけに思えたランプラーやバケッチャたちが密集しているのだ。
「仲間か。ビビヨン、ひかりのかべ!」
 ビビヨンはゴーストタイプが得意とする特殊技の威力を減らす壁を張るが、それでもランプラーやバケッチャたちの数が勝る。もう駄目だ、ポケモンたちも自分たちも、とその場にいた全員が思い衝撃を受け入れかけたとき、また別の影が彼らを守った。
 そして次は、その影が光に包まれる。テルロはその光を見たことがあった。
 あれは確か、ある日のミアレの路地裏で――
「進化……!」
「バーン!」
 黄金の身体を手に入れたそのポケモンは、両翼でそのゴーストポケモンたちを薙ぎ払う。そして、先ほどのバチュルたちのように、ゴーストポケモンたちはまたどこかに逃げていった。
「……君は」
 オンバーン――かつてテルロと友達になった野生のオンバットは、振り返って、にへらと笑った。


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