路地裏ダンス


 テルロが両手を広げると、オンバーンが飛び込んできてバランスが崩れる。アリサとオランデの二人は、その様子を不思議そうに見ていた。
「助かったよ。……テルロ、君の友達なのか?」
「はい。ミアレに来たばかりの頃友達になって……あっ」
「大丈夫、誰にも言わないよ。……にしても、なんでこんな黄金のボディに?」
「ブレイク進化ではないでしょうか」
 オランデの疑問にアリサが答える。
「ブレイク進化?」
「はい。あれは確か兄に聞いた話かしら。巨大な念波を送って、それに呼応できるポケモンだけが達しうる境地……とかなんとか。昔、どこかの土地で実験されて……」
「それは気になるな」
 オランデはメインストリートを見渡した。レトロ商品やレトロゲームに没頭する人間たちや、彼らの手持ちだろうか、なんとなくぼうっとしたポケモンたち。
「この町は……ミアレは、何者かにコントロールされている?」
 オランデの言葉を聞いて、オンバーンはテルロの腕から離れる。そして夜の街に飛び立ち、一度後ろを振り向いた。
「ついて来て、ってことかな?」
 狭い道を器用に飛ぶオンバーンに導かれるように、三人はミアレの路地裏に入った。
 途中、またランプラーやバケッチャ、バチュルといったポケモンたちに会ったが、駆け抜けるなり気配を消すなりして、戦闘はせぬようにした。
 そして出た広間にて、はじめに反応したのはテルロだった。
「あの人は……!」
 続いてアリサも反応する。奥側のビルから伸びる円形階段の上に、ハルンに詰め寄った女が立っていたのだ。
「はしばみ色の目……間違いない」
「あら、また会ったわね」
 彼女も覚えていたのか、テルロとアリサを見て言った。
「バケッチャたちが騒がしいと思ってたけど……そう、反乱分子がいたのね。全くあのサーナイト、妙に機転が効くったら」
「ハルンさんに何をした!」
「何もしてないわよ。だって私、振られちゃったもの。ね、フーディン」
 女が呼ぶと、ミアレの最も高い場所――プリズムタワーのてっぺんから、メガフーディンがゆるやかな軌道を描いて女の前に座した。
「フーディンでミアレの支配を……!」
「まあ、そうみたいね。正直この子の力のこと、ほとんど理解してないんだけど」
「バァーン!」
「おい、オンバーン」
 オンバーンはあからさまな敵意を女とフーディンに向けていた。女は終始冷静なまま話しかける。
「あら、あなたさっきのオンバットじゃない。進化、そしてブレイク進化したのね。やっぱり只者じゃなかったか。案外仲良くなれるかもしれないわね、フーディン」
「……シー」
「……仲良くって、何言ってるんだよ! 確か効果抜群なはずだトリミアン、不意打ち……」
「いいのかしら、そんなことして?」
 女が右手を挙げると、メガフーディンのさらに手前に、二つの影が浮き出てきた。その影は幼い少女と、美しいマーメイドラインを描いた――
「ハルンさん……!?」
 もうひとりの幼い少女は知らない顔だったが、ハルンはサーナイトの中でも身長が高いためにはっきりわかる。ふたりとも、まったく表情が読めない。
「あなたたちの仲間に攻撃が当たってしまうかも」
 テルロは青ざめた。同僚のオランデとバレエ団を変わってもなおハルンを尊敬するアリサとて変わらなかった。
 足を止めたトリミアンは、ゆっくり後ずさった。戸惑うトリミアンを見て、テルロはしゃがみ、触れる。それでいい、と。
 無抵抗の態度を示さないと、ミアレをもう一層めちゃくちゃにされるかもしれない。
 オンバーンとて、そう何度も仲間たち全員を守れるわけではない。
 絶体絶命。
 その単語が脳裏に浮かんだ、その時だった。
「よく見ろ、身代わりだ!」
 ふと頭上から声がした。そこにいたのは邪な気配をまとったバケッチャやランプラーたちではなく、ウルガモスと、ウルガモスに乗った青年であった。
「熱風!」
 ウルガモスは、ハルンとソラに向けて大技を放つ。テルロにとってその光景は目に毒で、背けたくもなったが、しかしウルガモスの力強き光にくぎ付けになる。
「バーン!」
 ウルガモスを見て、オンバーンも助太刀する。辺りに暴風を起こし、身代わりへのダメージをより確実なものとした。
 果たして、二人の身代わりは跡形もなく消え去った。
「テルロっていうのはどこのどいつだ!?」
「……あ、はい。僕ですけど」
「俺はカグロだ。ここは俺に任せてくれないか。あっちにお前の力を必要としてるやつがいる」
 熱風を浴びてところどころに傷が出来ていたが、カグロという名の青年はいたって冷静だった。少々戸惑いを見せたあと、テルロは言った。
「わかりました。ここはお願いします!」
「僕は市街地の様子を見てくる。アリサも……」
「私は残ります。兄曰く、フーディンは物理技に弱い……そして、ギャラドスは物理技に強い」
「おお、頼もしい」
 カグロが言って、三人の道が決まった。アリサだけが残り、他の二人は路地裏を去る――というとき、アリサはテルロを呼び、手短に話し始めた。
「テルロ、これ」
「これは……」

 カグロはアスファルトに降り立ち、女と対峙する。アリサもボールを持って立っていた。
「ウルガモスとギャラドスか……全く相性の合わない二匹だが、采配は面白そうだな」
 危機的な状況であり、冷や汗を垂らしながらもニヒルに笑むカグロを見て、アリサは、かつて兄が話していた遠い地方のフロンティアブレーンの名前を思い出していた。

 ○

 人目につかない場所でテルロを待っていたのはサルビオだった。
「あっサルビオ! お前この前電話……」
「その件はすまなかった。全て終わったら必ず話すから、トリミアンを貸してくれないか」
 サルビオに言われて、ボールに入らずテルロと走ってきたトリミアンはきょとんとした。
「バウ?」
「身代わりの本体――ゾラを探す。トリミアンが場所を突き止めて、クレッフィが忍び込み、鍵を開ける」
「セキタイの時のコンビ復活ってことだな!」
 トリミアンとクレッフィは、かつてほんの少しだけコンビを組んだことがあった。かつてカロスを震撼させた最終兵器の下にザリストがいると嗅ぎ分けたトリミアンに促され、クレッフィが「あいことば」を伝えるためザリストのもとへ向かったのだ。
「トリミアン、今回はサルビオと協力。いいか?」
「バウワウ」
 トリミアンは紳士的に頷いた。そんな彼の隣で、ニンフィアが心配そうな顔をする。
「フィア……」
「バウ」
 大丈夫だよ、と伝えるように、互いの鼻を近づける。その態度に、かつての二匹の不仲をなんとなく知っているサルビオは驚いた。とりあえず正念場には仲良くなってくれるんだよな、とテルロは思う。
「ニンフィア、僕たちはハルンさんを探そう。トリミアン、サルビオ、よろしくな」
 自分たちにもできることがある、とニンフィアと確認し、テルロも夜の闇に消えた。
「トリミアン、これ。ゾラって子のヘアゴムだ。もしわかったら教えてくれ」
 トリミアンはヘアゴムの匂いを嗅ぎ、半信半疑ながらも歩み出した。


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