嫌な出遭いは立て続けにあるものだ


 結局、折れたのは相手の方だった。薄い色をした髪に、緑色の目をした少年だった。
「テール・ロゼ・ブアン。写真を持っておいても良いと思った」
「え、僕の名前知ってるの?」
「俺が知っているお前の経歴、全部話してもいいぞ」
「いえ、いいです」
 テルロより二十センチは低いであろうその身長でも、彼がギロリとテルロを睨めば、テルロは怯んでしまった。そういえば前にもこんなことあったな、とテルロは思い返すが、それはできれば思い出したくない記憶だった。
 それに、彼はおそらく本当に自分のことを知っているのだろうとテルロは思った。この情報社会、ありえないことではない。彼はテルロに名前も職も明かさなかったが、テルロには彼がどういう仕事をしているのか、なんとなく察しがついた。
 相手のことは知り尽くしているのに、自分の素性は全く話さない。この少年こそ、優秀なパパラッチのサルビオであるのだが、テルロが彼についてはっきりと知るのは、もう少し後のことになる。
「なんで僕の写真を?」
「お前が売れたら高値がつくかもしれねぇからだ」
「それって僕の実力買ってくれてるってこと?」
「自惚れるな。今回ミアレバレエスクールに新規入団した奴の写真はお前で最後、つまり全員持っている」
「いやはや……」
 さらりと言いのけるサルビオに、もはやテルロは驚き呆れるしかなかった。
「気が変わった、やっぱ削除して」
「それは無理だな」
 腕を握られては力で勝てないと判断したサルビオは、とっさにボールを取り、投げた。出てきたのは、ニンフィアの倍以上のスピードを出せるポケモン、プテラだった。
「わー待て!」
 テルロがカメラを握ろうとすると、にゅる、と、悍ましい感覚がした。
 サルビオがテルロに代わりに握らせたのは、ヘドロを垂らしたクズモーだった。
「っ気持ちわりー!」
「もう会うこともないだろうよ」
 サルビオはカメラにテルロのデータを残したまま、プテラに乗って飛び去って行った。

 その後のテルロは、まさに二重の苦しみを味わうことになった。
 消せなかった写真データ、なぜか自分のもとを離れないクズモー。ヘドロにまみれた右手をカウントするならば、三重だ。
「ニンフィア、どゆこと」
 テルロが訊くと、ニンフィアはクズモーに話しかけた。クズモーは衰弱しているが、サルビオに酷く扱われた痕跡はない。
 ニンフィアは前足を上げ、器用に水かきのジェスチャーをした。
「あ、そうか。水タイプポケモンだから、水が欲しいのか。それじゃミアレシティの噴水で……」
 テルロが言うと、ニンフィアは首を横に振った。そしてクズモーを指し、見た目をもっとよく見るように促す。クズモーの見た目は、確かに似ていた。ぷかぷか浮かぶ、少し印象の悪いそれに。
「海水じゃなきゃ駄目ってことか……」
「ニン」
「海水がありそうな場所……あ、ミアレホテルならあるな、絶対」
「ズモー!」
 クズモーはその言葉に喜び、テルロに跳び付いた。
「いや、こう、至近距離で見るとマジで気持ちわり……まあいいや、早く行くぞ」
 テルロはクズモーをしっしと払って立ち上がる。ニンフィアがクズモーを心配そうに見る。海水を浴びせたら逃がすこと前提なのに、ニンフィアはテルロが言った「お兄さん」としての役割を全うしようとしていた。
 早歩きで、たまに振り返る。心なしか笑顔になっているクズモーを見て、テルロは思った。こいつ、罵られるのが好きなタイプなのか、と。


131114 ⇒NEXT