旅は道連れ世はカオス


 夜のほうが見つけやすいポケモンなのかもしれない、とザリストは思った。
 背後から近づいて、ボルケニオン、と話しかける。ほんの少しの霧が白く浮かんだが、敵意がないことがわかると、ゆっくり振り向いた。
「この平野、お前が作ったのか? すごいな」
 まるで昔からの友人であるかのように、ザリストは話した。カグロやサルビオとともに、何度も交戦している。この平野の伝説といい、獰猛なやつではないということはわかっているのだ。
「あの人、本当にお前を捕えたいと思ってるんだろうか」
 ボルケニオンは首を横に振った。
「だよな、俺もそう思う。彼女の目的は何かわからないけど……一方で、彼女のことは絶対に止めなければならない」
 ザリストはさらに歩み寄った。ボルケニオンはまた、駅に停車する蒸気機関車のように白い霧をふん、ふんと起こす。
「わかっている。行くぜ、サメハダー」
 ザリストは、ここ最近ボルケニオンとの交戦で使っていたサメハダーを出した。ボルケニオンの出すスチームにほぼ動じないポケモンであるから長期的にボルケニオンを追跡するのに向いているのだが、一方でボルケニオンの特性は貯水。一対一のバトルに向かないことはわかっていた。
 ボルケニオンとて、この妙に顔立ちの似たサメハダーにどこか入れ込んでしまい、今晩に限っては霧を浴びせて逃げることはしなかった。そこで自分の重量を活かした技、のしかかりで攻撃する。
「よし」
 防御が低いために痛い一撃だが、サメハダーの特性、鮫肌によって、ボルケニオンも傷つく。
「貯水だから水技は効かない……ならこれでいく!」
 ザリストは、シャツの内からペンダントを取り出した。中には石、キーストーンがはまっている。
「タスキをやめて防御を鍛えた。さらに求める強さに、石は答えてくれた……サメハダー、メガシンカ!」
 ザリストがキーストーンに触れたとき、サメハダーは姿を変えた。
 メガサメハダーを見て、ボルケニオンは目を見開いて驚く。今までこの姿のサメハダーと対峙したことはなかったのだ。
「メガサメハダー、特性は頑丈顎。自慢の顎でやってやれ、噛み砕くだ!」
 サメハダーは、ボルケニオンの管を狙って攻撃した。ここをやられてしまっては、ボルケニオンは特殊技を撃てなくなる。
 しかしボルケニオンとてすぐにはやられない。次ののしかかりで、サメハダーはやられてしまった。
「はー。強えなあ、やっぱ」
 正直捕まえるとか言われても動揺しないだろ? とザリストは言葉を続け、メガシンカ状態を解除されたサメハダーのもとに駆け寄った。サメハダーは、ボルケニオンににかっと笑う。ボルケニオンも笑みを返した。
「隠してたわけじゃない。遅れをとったぶん、双子の弟の前では見せたくなかっただけだ」
 言って、ザリストはまた、キーストーンのついたペンダントをシャツの内にしまった。
 サメハダー、それからボルケニオンに、オボンの実を渡す。まずは聞かせる状況を作る、本題はこれからなのだ。
「サルビオから連絡があった。ミアレシティが危機的状況にあるらしい。そこで……ボルケニオン、お前の力を借りたい」
 ザリストは神妙な表情になって言った。
「あまりに広範囲が混乱しているらしい。サルビオ曰く、ボルケニオンのスチームがあれば、人やポケモンを念の支配から解放できるのではないかと」
 ボルケニオンは管をがぱっと開く。意図せずに平野の民に有り難がられたポケモンだ、あまりそういうことはしたくないだろうとザリストもわかっている。
 しかし、ボルケニオンは、これまた似た顔をしているザリストを見て頷いた。
「お前いい奴だな」
 ボルケニオンは、それに関しては否定した。

 ○

 トリミアンに導かれた場所は、こともあろうかプリズムタワーであった。
「まさかここに……」
 下部のミアレジムはとうに閉まっており、上部はまだ明かりがついていてミアレをぼんやり照らしている。
「よし、侵入するか。鍵のある窓からクレッフィで入るとして……」
 そこで殺気に気が付く。バチュル、ランプラー、バケッチャの三匹がサルビオを狙っているのだ。
「お前たちは倒せば倒すほど攻撃の威力を増す。違うか?」
 わかっていたことだが、ポケモンたちからの返事はない。
「それなら目をくらませるまでだ。フラージェス、ミストフィールド! プテラ、俺を頼む」
 ボールから出たフラージェスは、あたりに霧をまき散らす。それで自分の視界が奪われる前に、サルビオはプテラで飛び立つ。
 しかし、振り向いたときのフラージェスは、なにか光に包まれ、そして、身体が黄金に輝き出した。
「なに!?」
 あれでは目立ち過ぎてしまう。霧撒きを終えたフラージェスをすぐさまボールにしまい、急いでくれ、とプテラに耳打ちした。
 そして、ちょうど裏側に鍵のある窓を見つけ、クレッフィの鍵で侵入に成功したのである。

 ○

 ボールに戻れないトリミアンは、心配そうにサルビオ一行を見上げていたが、近くに知っている匂いがあることに気が付きそちらを向いた。
 それは、テルロの友人アリサのオニドリルだった。テルロの友達のポケモンだからトリミアンとも友達。そういう近すぎず遠すぎずの関係で、たまにボールから出ては仲良くしていた。
 しかし、今日は様子が違った。
「バウワウ」
 トリミアンが吠えると、オニドリルはそれに気づき、助けを求めるようにはばたいた。見ると、傍らにアリサではない少女がいる。そして、少女が手に持つものは――
「バウー!」
 トリミアンはすぐに駆け寄り、一つジャンプして少女の持ち物を奪った。その後の回転も、テルロを意識した優雅な動きだ。
「……あれ?」
 少女は純粋な青い目で手元を見る。トリミアンの口には、携帯ゲームのテトリスが咥えられていた。
「私どうしたんだろう。確かカロス代表の勝利を祝って、アリサさんにオニドリルをお返しするためミアレに戻って、それからレトロゲームが流行ってるってきいて、ちょっとインベーダーゲームをしてからテトリスを買って……あれれ」
 テトリス、ときいて、トリミアンはアスファルトにそれを置いた。白黒画面の、かなり古いモデルだ。
「なんでこんなの買ったんだろう? ブームって怖いな。……あれ、あなたは?」
 そこで少女はトリミアンに気が付いた。オニドリルは少女の前でトリミアンにくっつく。
「友達、ね! じゃあアリサさんのポケモン?」
 トリミアンは首を横に振った。そして二足で立ち、簡単にバレエのポーズをする。本物にはほど遠いが、それはアラベスク、唐草模様のポーズだった。
「えっ、バレエ団の誰かのポケモン……?」
 少女が表情を曇らせたのを見て、オニドリルが嘴でテトリスを指した。
「……そうだよね。わんちゃんが私からテトリスを取って、私は気がついた。ありがとう。私メグっていうの」
「バウ、バウワウ」
「この街、様子がおかしいね。みんな何か古いものを持ってる。……あれがこの街を支配しているの!?」
 メグが見ると、彼らの手持ちポケモンたちの様子もおかしいようだった。オニドリルは平気なようだったが、街のポケモンたちもレトロの狂気にとらわれているように見えた。
「オニドリルとわんちゃんは平気なんだよね?」
 ポケモンたちは頷いた。
「よし、オニドリル! アリサさんのもとへは必ず返してあげる。だから手伝ってほしいな。……何かって、わかるよね?」
「グルル」
 オニドリルはそれにも頷いた。じゃあ行こうか、とメグが言ったとき、トリミアンもついて来ていた。
「あなた、トレーナーは?」
 トリミアンは首をかしげた。テルロとは別れたし、サルビオはタワーに侵入したし、モンスターボールはここにはない。
「バレエ団の子でオニドリルとは友達なんだよね?  わかった、一緒においで」
 メグが歩けば、トリミアンもとことこ歩いた。


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