勝機の彗星


 フラージェスの黄金化に気を取られ、トリミアンを連れてこれなかった。もちろんお礼も言えていない。
 そのことを頭の隅で気にしつつ、サルビオは屋内で羽ばたけないプテラをボールに戻し、クレッフィとフラージェスだけでビルを登っていた。
「まただ! ……くそ、湧いてくるみてぇに」
 階段で、部屋に合う鍵を探している途中で、開いた部屋で、バチュルたちは襲ってくる。しかし、倒せば倒すほど残ったポケモンは攻撃力が増すため、むやみに倒し切るわけにもいかない。
「花吹雪だ、フラージェス」
 フラージェスは器用にも、相手を倒し切るぎりぎりのダメージを与えていた。身体が黄金化して、攻撃や防御も強化されているのだ。
 後方をフラージェスに任せ、自身はクレッフィと上へ上へとあがった。脚が痺れる。ここまでして、もしここにゾラがいなければという邪念に襲われる。しかし、トリミアンの嗅覚は本物だ、必ずこのタワーのどこかにゾラはいる。
 果たしてゾラはいた。ほぼ最上に近い階で、クレッフィがその部屋に合う鍵を持っており、それで部屋を開いて中を見たとき、しかしサルビオは安堵しきれなかった。
 憎しみのこもった目で、サーナイト――ハルンが、こちらを見つめていたからだ。
 洗脳されている。
 サルビオはすぐに気が付いた。フーディンの念波がここまで至っているのか、ハルンと彼の腕におさまるゾラからすさまじいオーラを感じ取ったのだ。
「サナー!」
 狭い部屋で、ハルンの念力をもろに受けてしまう。息は乱れ、心臓はぱこぱこと聞いたこともないような音で鳴る。
「っフラージェス!」
 追いついたフラージェスは、同じようにハルンとゾラを見て驚いた。
「やるしかねぇ……花びらの舞!」
 舞が終われば必ず混乱状態になるその技を、かまわずサルビオは指示した。フラージェスの舞に、ハルンは一瞬戸惑う。
「舞踊……そうだな、お前はバレエダンサー。きっとこの技に響くものが」
 鋭い花びらがハルンを襲う。しかしハルンは抵抗することなく、ゾラごと消えた。
「えっ!?」
 嫌な予感がして、サルビオは窓から身を乗り出す。ゾラはプリズムタワーのてっぺんで棒立ちになっていた。
 そしてそこに、一陣の風が吹く。ゾラは真夜中の大都会に真っ逆さまだ。
「ゾラーーーッ!」
 サルビオは反対側の窓まで走り出した。少し腰が軽くなったのは、もう何も要らない、ゾラさえ守れたらどうでもいいという決意がそうさせたのだろうか。
 窓のふちに飛び乗り、左足で蹴って、数瞬。
 ゾラを腕におさめる。目まぐるしく変わりゆく視界に見えるは、大都会の光か、それともはるか上空を走るミルキーウェイか。
 まず自分は助からないだろう。神よ、せめてゾラは、ゾラだけは助けてくれないか、とサルビオは虚空に祈る。
 それが天に届いたのかは定かではないが、そのサルビオをも受け止める存在がいた。サルビオのキーストーンに反応し、唯一無二の素早さで駆け付けた相棒。
「……プテラ……」
 消え入りそうな声であったが、その献身的なポケモンの名前を呼ばずにはいられなかった。
 プテラは、サルビオとゾラの無事を確認すると、ふたたび上空へ昇った。フラージェスを迎えに行くために。
「フラー!」
 フラージェスは、右手に傘、左手に、サルビオが落としたのだろうか、モンスターボールを持っていた。ボールは無論プテラのもの。サルビオが飛び出したとき、とっさに傘をとってプテラのボールを飛ばしたのだろうと容易に想像がつく。以前にもこんなことがあったから。
「フラージェス! ……ったく、ほんとお前、名バッターだよなぁ……」
 次は野球でもするか? と冗談を言いかけた時、身体の節々が痛みだし、プテラの上でうずくまってしまう。しかし、目を閉じたままのゾラを守る体勢は保ったままに。
 それを見たフラージェスは、着地した時に、ふわりとアロマの香りを出した。サルビオ、ゾラ、それからプテラの心身を癒す香りだ。
「さるびお……?」
 声を聞いて、サルビオは胸を撫で下ろす。目が覚めないようだが、意識はある。今のサルビオには、それだけで充分元気をもらえた。
「うおーなにか落ちてきた……って思ったらサルビオ!?」
 近くで聞き慣れた声がした。相変わらず自分より身長が二十センチほど高いやつの声が。
「はぁ……テルロか。ちょうどよかった、こいつ頼む。両親の顔知ってんだろ」
 言って、サルビオはゾラをテルロに託す。
「え、両親って、まさかこの子が」
「俺が返す資格はない。頼む、この子を守ってくれ。……命に代えても」
 テルロはえも言われぬままにサルビオ、そしてソラを見た。ソラはすやすやと寝息を立てている。このシリアスな雰囲気にまるで合わないような、平和を象徴するかのような表情で。
「……あんまり無理すんなよ」
 そこで、サルビオははじめて苦笑した。


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