王手のスチーム


 メグたちは、ミアレの人からレトロ品を遠ざけるため奔走していた。
 助かった、ありがとう、と感謝もされたが、中にはレトロ品を取っても狂乱の止まらない人もおり、参ってしまうこともあった。
「やっぱりこれだけじゃだめなんだろうな……」
 メグは表情を曇らせる。なぜオニドリルとトリミアンが平気なのかはわからないが、一度ボールから出してみたゴチルゼルのごっさんは狂気に呑まれかけ、今はともに自分のポケモンでない二匹と協力して人助けを試みていた。
「バウ」
「ん? わんちゃん、どうしたの」
 トリミアンが示した先に、ソラの両親、ウィエとカクタがいた。
「お知り合い?」
 訊くと、トリミアンは微妙な顔をした。しかしその二人は襲い来るポケモンたちに苦しめられている。
「ハンテール、水の波動!」
 二人いるうちの男のほう――カクタは、手持ちポケモンのハンテールで抵抗を試みていた。
「ウィエは傷つけん!」
「助けなきゃ。オニドリルさん、吹き飛ばし!」
 オニドリルが強く羽ばたくと、その衝撃だけで、バケッチャたちはふわりと飛ばされてしまった。
「はぁ……よかった。バトルは避けたほうがいいってさすがに学んだよ。あ、そうだ、そこのお二人ー大丈夫ですかー!」
 メグは二人に声をかける。男性はそこまで疲労してもいなかったが、しかし女性は真っ直ぐ立てないほどに足取りが悪かった。メグはすぐに肩を貸す。
「優しい少女よ、ありがとう。俺はカクタ。妻が古い壺を手にとっておかしく……いや」
 カクタは妻に気を使ってか言葉を濁したが、メグには理解できた。二人でいて先に一人がおかしくなったから、カクタはレトロ品を持たずに済んだのだろう。
「わんちゃん見たら、心が癒されますよ」
 メグはウィエを支えたまましゃがむ。なんともいえぬ表情を見せるトリミアンを、女性はゆっくりと撫でる。
「……可愛い」
「バウワウ」
「ウィエ、意識が……!」
 しばしの間トリミアンを撫でてから、ウィエはカクタを、それからメグを見た。直後、メグが支えていた手をぱっと離す。
「あなた……サーナイトに襲われた子じゃ……」
「そんなこともありましたね」
 メグは苦笑する。
「確かにきっつい経験でしたけど、良いこともありました。バレエ団関係の方と知り合って、オニドリルに協力してもらって見たいゲームには間に合いましたし。それに、このわんちゃんも、バレエ団のポケモンみたいで」
「二匹とも君のポケモンではないのか」
「はい。ミアレの狂気に呑み込まれてしまうので、ボールにしまってます。でも、バレエ団と関係のあるこの二匹はへっちゃら。なぜかはわかりませんけど……あのハルンっていうサーナイトが、仲間のポケモンだけでも守ってくれているのかも」
「そんな……」
 ね、とメグは二匹のポケモンに話しかける。オニドリルもトリミアンも、それぞれがハルンを思い描く。自身のトレーナーであるアリサやテルロの憧れで、話だって何度も聞いた。
 そして二匹は頷く。メグの推測に納得がいったのだ。
「何事にも裏と表がある……か」
 カクタが呟いた。すいすいと空気の中を泳ぎ寄ってきたハンテールにそっと触れる。
「おっ!? ひょっとして、テルロのトリミアン!?」
 その一行に気付いた人がいた。ミアレバレエ団のシュジェ、オランデだ。
「あなたは?」
「トリミアンのトレーナーの先輩みたいなもの。意識もあるみたいだし丁度よかった。協力してくれないか」
「協力って、何にですか?」
「このオーラを一瞬で吹き飛ばすためのプログラムにさ」

 ○

 まさかここまで苦戦を強いられるとは、と、カグロもさすがに思い始めていた。
 アリサはしっかりやってくれている。自慢したがりの兄に色々叩き込まれましたから、とバトル中に言っていたが、彼女の反射神経もギャラドスの能力も申し分ない。
 しかしレベル差が圧倒的なのだ。
「東洋の神秘、ZAZEN……その心を身に着けたフーディンはさらに強く賢くなる」
 まるで演説でもしているかのように、はしばみ色の目の女が言った。
「防御を上げた育て方か……確かに、多少特攻を犠牲にしたところで威力の高さ自体は健在……」
「そういうこと。あなた、なかなかポケモン究めてるわね。でも、メガシンカへの対応はまだまだみたい。フーディンなんて、速攻戦法がメインで防御は弱いから一発攻撃できれば倒せる……って思ってない? いわば普通でもメガでも同じ」
「……」
 カグロはぐうの音も出なかった。女の言っていることはもっともだ。
「カグロさん」
 アリサは動揺や心配からカグロを見るが、女は攻撃の手を止めなかった。
「これで終わりにしましょう。サイコキネシス!」
 終わりにか、そうだな……と、一瞬すべての抵抗をやめかけた。
 しかし、サイコキネシスは正面からではなく、むしろ後ろから飛んでくる。
「何者だ!?」
 カグロとアリサが振り向くと、そこには丸いドレスに身を包んだポケモン――メガサーナイトがいた。
「ハルンさん、ハルンさんなの!?」
 そう言うアリサに、ハルンは髪飾りを見せた。レース飾りの中心に、サーナイトナイトがはめこまれている。
「まさか、テルロと……」
 キーストーンを渡し空っぽになったポケットをなぞり、アリサははにかむ。
「まさかのメガサーナイト、ね……驚いたけど、敵が増えたところで変わりはないわ。フーディン、気合玉!」
 その技を受けて、ハルンは吹き飛ばされる。相変わらずの高威力だが、しばし二者の対峙を眺めて、カグロはあることに気付いた。
「ウルガモス、まだいけるか」
 その言葉に応えるように、ウルガモスは飛ぶ。
「虫のさざめき、できるだけ広範囲に!」
 言って、カグロはすぐアリサと視線をあわせる。そして下方を指さす。アリサは頷き、ギャラドスを呼んだ。
 ウルガモスのその技は、フーディンが受けやすい特殊技とはいえ、確実にフーディンの体力を削った。
「フー!」
「そんな……」
「メガサーナイトの技を見たとき、念が周りに広がっていくかのような影が見えた。フーディンはあらかじめ自らの体力を分散させた“身代わり”体を周囲に漂わせて、今までずっと、本体へのダメージを減らしていた。違うか?」
「……」
 図星だった。ハルンの技がヒントとなり、カグロは身代わりを貫通して攻撃できる“虫のさざめき”を、広範囲に拡散させるようウルガモスに指示したのだ。
 そして、とどめの一発はギャラドスが決めた。
「ゴオオオオオッ!」
「よし、ダイビング決まり」
 今のうちに足下を頼む、というカグロの意図を読み取り、アリサはしっかりギャラドスに指示をしていたのだ。
 フーディンは禅を崩し、元の姿に戻る。そしてその場にふらりと倒れた。
「フーディン……! いいえ、まだ……まだ他のポケモンたちが」
 その言葉にカグロとアリサが動揺しかけたそのとき、辺り一面を真っ白な霧が覆った。
「これは……」
「ボルケニオン……!」
 霧の正体を知っていたカグロや、霧の中でも比較的平気なギャラドスに対し、アリサは戸惑う。彼女の近くにいたウルガモスが、大丈夫よ、と伝えるように寄り添った。
「あっ、バケッチャたちが!」
 帰ってゆく、もとの住処へ。あのポケモンたちもまた、フーディンによって意志を奪われていたのだ。
 十分は経っただろうか、ようやくまともに視界が効いてきた頃には、ミアレの邪気の一切がなくなり、レトロ商品も、フーディンも、女も、完全に姿を消し、代わりに朝日が顔を出していた。


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