噴水と尖塔


 ホテルでのアルバイトを済ませ、フロントに戻る。オーナーはテルロの仕事っぷりに喜び、報酬を渡した。
「さすがだね、グランジュテで駆けまわってベッドメイク、しかも全くホコリを立てないなんて」
「いやぁ、このぐらいたやすいものですよ。落し物探しとかは苦手ですけど」
「はは。そうそう、クズモー元気になっとるよ」
 ミアレホテルのオーナーは、テルロがわけを話すとすぐに海水で満たされた水槽を用意してくれた。海水に浸ったクズモーはすっかり顔色が良くなっている。
「さーて、こいつも広場の噴水に……」
「それはいけないよ」
「は?」
 海水でしか生きられないなら、淡水の噴水広場に逃がすことはできない、とオーナーは説明した。
「ど、どうすれば」
「一番早いのは、とりあえずモンスターボールに入れてしまうことだろうね」

 広場の噴水前でクズモーとにらめっこするテルロを見て、ニンフィアはため息をついた。
「こいつを……捕まえるのか……自慢のヒールボールで……」
 ニンフィアがテルロの背中を押す。するとヒールボールはテルロの手からぽろりと落下し、眼下のクズモーに当たった。ボールはほとんど揺れもせずクズモーを吸い込む。
「……捕獲、クリティカル」
「ニン」
「うっそだー!」
 テルロの叫び声が、ミアレシティの夜空に響いた(何も珍しいことではない)。
 周りから視線を感じ、テルロはボールを手に取る。そして、今ボールに収まったばかりのクズモーを出した。
「大体、なんでニンフィアはクズモーのこと」
 言って、テルロはクズモーのステータスを調べる。そのクズモーはメスだった。
「女の子は守らなきゃいけない、と?」
「フィア」
「そうか……マドモアゼル、失礼なことをした……ニンフィアは面倒見てくれるみたいだし、トリミアンは君と同じく新人だし、で、まあ仲良くしてくれ……」
「ズモ!」
 クズモーは頷いて、元気よくヘドロをテルロにぶつけた。
 やっぱ嫌だー、と叫びたい気持ちを抑えて、テルロは帰路についた。

 ○

 プテラに乗ったサルビオが辿り着いたのは、彼が育った地シャラシティであった。
 彼はそこで一晩過ごし、そしてまた朝日が昇る。パパラッチは日曜日が一番忙しい。そのため、サルビオは普段ミアレシティのワンルームマンションで過ごしていたが、水曜日だけはシャラシティの自宅で休む日だと決めていた。
「クレッフィ、パスワード頼む」
「きゅっ」
 ホロキャスターをパソコンに接続し、クレッフィがパスワードを打つ。それからは、滑らかなブラインドタッチで作業を進め、画面には「データ消去が完了しました」と出た。
 サルビオは、ホロキャスターに蓄積されたデータが何者かによって吸い上げられているということは、とっくに見抜いていた。毎度吸い上げ前にデータを消去しているのは、なにもサルビオだけではない。パパラッチという特殊な職であれば、同じ作業をしている知人も多かった。
 これで安心だ。そう思って、サルビオはふと古い引き出しを見る。その中にあるものは、所謂オーパーツ……“場違いな工芸品”だった。

 外に出て、サルビオは朝日を浴びてさんさんと輝く町のシンボルを見上げた。
 いつからそこにあるのか、詳しいことは知らないが、そのマスタータワーの造形たるや見事であった。研究者はメガシンカの発見だなんだと言っているが、水面下で綿々とその力を受け継いできたこの町について、もっとアカデミックな視点で捉えたらいいのに、とサルビオは密かに思っていた。
「今日は水曜日ね。……名前なんじゃったっけ」
 近所のおばあさんに話しかけられ、サルビオは視線を落とした。
「サルビオだよ」
「そうそう、サルビオねー。サルビオのおかげで、毎週水曜日はすぐわかるんよー。ミアレは快適なところかい?」
「ええ、まあ。少し暑苦しいですけど、便利な場所で」
「そうかいそうかい。シャラシティみたいに坂道だらけってこともないらしいし、いいねぇー。あ、でも、代わりに町が大きくて、買い物に行くのも大変じゃねぇ! よっこいしょっと」
 そう言って、おばあさんは段差を下りた。サルビオは、静かに彼女の様子を見守っていた。


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