都市に走るノイズ


 新しく手に入れたオーパーツを入れて、ザリストは巾着袋を締めた。
 今のところ、フレア団員として課せられた任務は順調に遂行できている。この前は、新聞社にスパイとして乗り込み、フレア団について訝しむ記事の抹消に成功したところだった。
「また、あのきらきらしたやつですか?」
 ザリストにそう訊いてきたのは、フレア団に入ってまだ日の浅いプリエだった。隣には、彼女のグラエナ、オネットもいる。
「そうだ。見るか」
「はい!」
 彼女といったら、フレア団という組織がすべきこと、持つべき志を教えてやっただけで、ザリストに懐いてしまったのだ。元々誰とも打ち解けるつもりのなかったザリストが、それでもプリエの面倒を見るのには理由があった。
 自分と、見た目が似ていたのだ。
 寒色系の濃い髪、高原も海も思わせる緑の瞳。双子の妹もこういう見た目なのだろうか、という視点から彼女を見ていることは確かだ。
 プリエは、しゃがんでグラエナとともにオーパーツを凝視する。
「やっぱ、光りもん好きなのか」
「そうかも」
 言って、プリエは巾着袋をザリストに返した。

 ○

 あの男は。
 四方八方にレーダーを張り巡らしているサルビオは、見覚えがあり、さらに「優先順位の高い」顔であると、目の端にちらついただけで気づくことができた。
 サルビオが捉えたのは、自分より十センチほど高く、肌の濃い少年。彼はこの時点で名前は知らないが、フレア団スパイのザリストその人である。
 サルビオが名前を知らない程度には無名である彼の優先順位が高い理由は、彼のカメラの中にあった。以前、サルビオは一度テルロと話したが、それより前にサルビオ自身は個人的にテルロを見かけたことがあった。
 その時のテルロと共にいたのが、ザリストだったのだ。
 フラダリカフェについて怪しむ彼を力でねじ伏せ、なにかばれてはならない情報の漏洩を防いだ彼だった。その様子がメシの種になると思い、こっそりムービーを撮っていたのだが、ザリストはそれに気が付かなかった。
 その日から既に二週間は経った(そして明後日発売の『ヴァンドルディ』には二度目のカリアの写真が載ることになっている)が、未だにフラダリカフェに関する黒い噂は流れていない。つまりこれは、正真正銘サルビオだけの特ダネなのだ。
 これを流せば一儲けできることは知っていたが、サルビオにはどうも引っかかるところがあり、流出をためらっていた。
「おい」
 だから、話しかける。濃い髪濃い肌の少年は振り返らない。
「お前だよ」
 言って、サルビオは、ムービーをボリュームを落として再生した。とっさに彼は振り返る。彼の緑色の瞳と視線がかち合う。
「……ジャーナリストか」
「もっと汚い仕事だ。このムービー、流されたくはないだろう?」
 ザリストの顔が青ざめた。そして、ほぼ条件反射的にサルビオに襲い掛かるが、ビルの上からサルビオの様子を見守っていたプテラが下降し、ザリストを止めた。
 プテラが間に入ったものの、彼らに距離などほとんどなかった。ただ、サルビオは少々首が痛いと感じつつ、彼の瞳を見上げていた。彼からは自分の下睫毛がよく見えていることだろう。思って、口を開く。
「削除して欲しければ、俺とバトルしろ」

 ○

 テルロがその二人を見つけたのは、バレエスクールに向かっている時だった。
 見かけて、その二人ともが見たことがあり、また自分にとって非常に厄介な奴らだったことを思い出し、引き返そうとしたが、そこは好奇心が勝った。
 ザリストの戦法は以前テルロと戦った時と同じで、ニダンギルの素早さを上げていた。
「ニダンギル、“アイアンヘ……”」
「無駄だ、“電磁波”」
 ニダンギルを迎え撃っていたのはクレッフィだった。クレッフィは特性“いたずらごころ”のおかげで、素早さを上げたニダンギルよりも早く動ける。電磁波はきれいにヒットし、ニダンギルががくんと下降した。
「“目覚めるパワー”」
 クレッフィは、痺れ苦しむニダンギルに容赦なく技を放つ。燃えるような赤色、それは炎タイプの力だった。
 ニダンギルは力なく倒れる。
「すげぇ、あのニダンギルを」
 ザリストはニダンギルをボールに戻すが、すぐに逃げるような真似はしなかった。……というか、唯一の逃げ道に、テルロが立っていたのだ。
「お前たち、知り合い?」
「違う」
 ザリストはすぐさま否定した。
「……わかった、ムービーは削除する」
 サルビオは淡々と画面をタッチし、ザリストとテルロの映った動画を削除する。
「は、ムービー?」
「お前は知らないほうがいい」
「なんだよ、それ」
「……何故だ。お前は勝ったのに」
 ザリストはサルビオのほうを向き直る。相変わらず、サルビオは彼から視線を外すことはしなかった。
「削除してほしければ、俺とバトルしろ、と言った。勝てとは言っていない」
 そう言われて、ザリストはまた彼にも何か目的があるのかと疑った。いや、あるに決まっている。バトルを始める前、彼はまた「汚い仕事」だとも言ったのだ。
「そうだったな」
 ザリストはテルロの横を抜けて市街地に出た。サルビオも逆方向に出る。よく話が読めないまま取り残されたテルロは、時計を見て、愕然とした。
「ち、遅刻だー!」

 ザリスト、サルビオ、それからテルロ。
 彼らは、未だ互いの名前すら知らない。


そうしさん宅プリエちゃんお借りしました。
以前もお借りした青氷さん宅カリアちゃんもお名前だけ出てきますが、自宅が野郎ばかりなので女の子がもはや貴重です。

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