クリスマスギフト


「アズキさん、家にある家族宛ての靴下になにか細工をしたいのですが、アズキさんならどうされますか?」
 アリコは、クリスマスを家族と過ごすために、アイエン地方セイバタウンにある実家に戻っていた。パーティも終わり、片付けもひと段落したところだ。
 普段こういうことはフロンティアの誰かに訊くのだが、こういう時こそ疎遠になっている人と話せると思い、イッシュ地方にいるアズキに電話したのだ。
 アイエンは夜だが、イッシュはまだ昼間である。
「そうですね、モンスターボールをこっそり取って入れちゃうとか。なくした! って焦ってたら、そこからポケモンがぴょこって」
 アズキの言葉から、アリコは光景を思い浮かべる。母のエモンガや、父のパラスなら、靴下にも入れる。そこでボールから出て、ぴょこっと顔を出すと……
「うわー可愛い! それ、やってみますね!」
「本当ですか? 力になれて嬉しいです」
 自分の話をいっぱい聞いてくれる年上の友人に相談してよかったな、とアリコは思った。
 電話を切り、靴下がかけてあるダイニングにばたばた駆け出す。

 ○

「なーなーそっち雪降ってる?」
 バトルタワー前の大階段に腰掛け、ステラが電話をかけた相手は、イッシュ地方リュウラセンの塔で修行中の少年ハツだった。
「降ってるよー」
「やっぱりな!」
 そもそも、リュウラセンの塔は、雪が降ることが多いセッカシティの北にある。この季節に降らないわけがないことは、ステラでも知っていることだった。
「ってことはそっちは……」
「降ってねぇよ、サクハだしさ」
 サクハに雪は降らない。そもそも季節も、春夏秋冬ではなく雨季暑季乾季だ。それを知った時、ステラはがっかりしたものだが、今ではこの気候のいいところも見えてくる。
「でも、そうだなー、あったかいぜ!」
 冬の夜でもある程度暖かい、それがサクハというものだった。外で長時間イルミネーションを見ていても寒くて帰りたくなるようなことはない。
「あったかいクリスマスかぁ! クリスマスケーキにアイスケーキ食えるな」
「なんだそれ……食い意地張ってんな!」
 そんな話をして、それじゃ、とわりと短時間で電話を切った。それから、ハツとの会話内容を思い出し、近くにいた仲間を呼ぶ。
「バンジロー、今からアイスケーキ、買いに行くぞ」
「は……?」
 クリスマスを祝う習慣がないバンジローは、とくに実家に帰る理由もなく、フロンティアにとどまっていた。ステラの言葉を聞いて、首を傾げる。
「だってせっかくあったかいとこなんだもんな。食べなきゃ損だぜ!」
「なんでいきなり。さっき電話してたじゃん?」
「ハツが教えてくれたんだよ! はじめて聞いた時は食い意地張ってんなーって思ったけどな」
「僕は君も食い意地が張ってると思うよ」
「ハハ……」
 そう言いつつも、バンジローはステラについていく。二人の影はショッピングモールへと向かった。

 ○

「メリークリスマス……」
「メリークリスマス! お電話なんて珍しいですね」
 クリスマス・イブの夜、実家に帰らずフロンティアにとどまっていたダイジュは、イッシュでお世話になった少女シオンのいつも通りの声を聞き、少しほっとした。
「こっちじゃあんまクリスマスとかやってねーからな、なんかつまんなくて」
 それは半分嘘であった。イッシュほどに盛り上がっているわけではないが、バトルフロンティアではクリスマスのイベントも行われている。
 少し顔を上げれば、きれいなイルミネーションが瞳を輝かせるのだ。
(ったく、電話するための口実だっつの)
「そうですか。きっとダイジュくんのもとにも、かわいいプレゼントが届きますよ」
「かわいい……?」
「デリバードちゃんがね。だから、今日は夜更かしせずに寝ることですよ」
「わーった、わーったって……」
 その時、おーいダイジュー、と声がする。それを聞いたダイジュが黙ったため、シオンにもそれが聞こえた。
「あら、そろそろお切りしたほうがいいですか?」
「あー、まあそんなこともないけど……そだな、それじゃ、良いクリスマスを」
 通話を終えて顔を上げると、ステラとバンジローが、ショッピングモールの袋を持って手を振っているのが見えた。
「ダイジュ、一緒にアイスケーキ食おうぜー! いっぱい買ってきたからな」
「えっいいのか?」
「いいってことよ」
 ダイジュは二人のもとへ向かう。バンジローは、ダイジュのCギアを見て言った。
「……初恋の彼女と、電話してたのか?」
「別に初恋ってわけじゃ」
「まだ言うか……?」
「……そうだよ、いいじゃねーか、一年前ステラもやってたじゃん!」
 ダイジュはステラに視線を向ける。ステラはふっと笑い、言葉を返した。
「あー、オイラたちじゃなくて彼女と電話してたほうがいいか?」
「そんなことねーって! はやく食おうぜ」
「はいはい。オイラはイロハさんたちも呼んでくるぜ!」

 ○

「メリークリスマス」
 家の明かりも消えてきた夜、友人の空飛ぶクジラであるノアの気配を察知したアフカスは、慣れないカタカナ言葉を空に投げかけた。
  「メリークリスマス! 僕も知ってるよ。ニンゲンたちがなんかやってるよねー」
 ノアはいつもの調子で返す。いつ途切れるかわからない、伝説のポケモンたちの世間話がはじまる。
「そうだな。私はこの言葉を知ったのは最近なのだが……外の地方から来た者が多いバトルフロンティアでは盛り上がっていたな。どうも、昔のえらいニンゲンの誕生日……の前日のようだな」
「前日にこんな盛り上がってるの? ちょっとおかしいね! まあ、そろそろ“前日”も終わるけど……ん?」
 ノアが言い終わる前に、遠くの空から、なんだか安心するような音が聞こえた。
 しゃんしゃんしゃーん、しゃんしゃんしゃーん……

 ○

 二十五日の朝、一緒に寝ていたポケモンがいなくなっていることに気づき、アリコの両親は青ざめた。
「エモンガがっ……!」
「お前もか!? おれもパラスが……」
「ええっ!?」
 二人が焦っていると、リビングから久しぶりに帰ってきた娘の声が聞こえてくる。
「あれ、起きた? おはよーう。私のほうが早かったね」
「アリコ! あんたのポケモンは大丈夫?」
「えっ、なんのこと?」
 アリコはそう言いつつ、ダイニングにかけてあった自分の靴下を覗き込む。
「それよりさ、お菓子いっぱい入れてくれたんよね。ありがとう」
「それより、って……」
「私もいっぱい入れたんよ、チョコパイとか! ほら、見てみ」
「今は……あら!」
 アリコに促されるままに靴下を覗き込むと、母の靴下からはエモンガが、父の靴下からはパラスが、ばあ、と顔を出した。
「ここにいたのか」
「なんか面白いことできんかなーって」
「ははー。びっくりしたわー。あー、可愛かったけん、出たところ写真に撮りたいわー。これアリコが考えたん?」
「ちゃうよ。イッシュ地方で知り合った、アズキさんって人! 美人やし、いい人なんよー」

 アリコはその様子を電話でアズキに伝える。よかった、大成功ですね、と二人で喜び合った。
「さーて、私もフロンティアに帰らななぁ……」

 ○

 フロンティアの子供たちにも、プレゼントは届いていた。
「あー、シオンが言ってたのってこれか……」
 ダイジュは自分あてに届いていたプレゼントを開け、すぐに昨日の会話を思い出した。
 くたくたダストダス抱き枕を送ってくる人なんて、一人しかいない。それにはポフィンの詰め合わせもついていて、隣にいたドンカラスが目を輝かせた。
 ダイジュには家族からのプレゼントも届いていた。それを開封するダイジュを、バンジローは羨望をともなったまなざしで見ていた。
「バンジロー、プレゼント来てるぞー」
「えっ」
 ステラが、バンジローに小さな箱を手渡す。確かに、そこには、フロンティアの住所とバンジローの名前が書かれていた。バンジローはゆっくり開封する。
 それは、ポケモンの文房具とレターセットだった。おおよそサボネアを中心に選ばれている。
「サクハでも、フロンティアでは、クリスマスというものが盛大に祝われると聞きました。たまにはこれで手紙でもよこしなさい。鉛筆もそろそろ短いでしょう……」
 添えられた手紙を読んで、バンジローは涙ぐむ。
「……よかったな!」
 そんなバンジローを見て、ステラとダイジュは隣について微笑んだ。

 すべての子供に幸せを。
 Merry Christmas!


高倉りんさんのアズキちゃん、六花さんのシオンちゃん、くじさんのハツくん、桜葉さんのノアくんお借りしました。
基本的に電話相手がイッシュにいるのでイッシュの人はまだパーティとかそういうモードじゃない様子。
ツイッターで個別に投げたネタがなんかいい感じにつながりました。やったね。

去年のステラさんも彼女に電話していた(ある種のサザエさん時系列)

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