+ 第1話 ポケモンワールドへ +


 ジョウト地方南東に位置するヨシノシティは小さな田舎町だが、少女リリーやキオ、それにリリーの家に住むポケモンのラッキーといった遊び盛りの子供たちの声はいつも町中に響いている。
「おーい、リリー、ラッキーも! ずっと待ってたんだよ」
「キオが早いだけじゃないかな。待ち合わせ時間ぴったりよ。……で、どこにあるの、神秘のしずくって」
 二人は、『神秘のしずく』という名前の美しい首飾りを探しに、西の海岸で待ち合わせをしていたのだ。
 西の海岸には、よく珍しいものが流れ着くのだが、どこから流れてくるかは誰も知らない。
「海を探せばあると思うんだけど。あ、上から見たら、すぐわかるかも」
「なるほど。じゃあ、あそこ登って、海を眺めようか」
 二人と二匹は、海の隣にそびえる山に登った。ここから見る海は、ジョウト絶景十選に選ばれるほど美しい。
「わあっ、すごい……」
 リリーは登るなり歓声をあげた。
「あれ、リリー、ここ来るの初めてだった?」
「うん。いつもはちょっと怖くてさ」
「そっか。じゃ、探そうか」
 キオが言ったその時、大きな地鳴りが響いて、足下が揺れ始めた。
「……えっ」
 リリーの、長い亜麻色の髪が揺れた。
「え、って……嘘っ、リリー!」
 リリーの立っていた場所が、足場ごと海に向かって落ちる。キオは手を伸ばすが、その手がリリーを掴むことは叶わなかった。
 お互いの名前を呼び合い、リリーは海の深くへ沈む。キオは悲痛な叫びをあげたが、それがリリーを救うわけがないことは自明のことであった。

 夢うつつの中、声が聞こえる。なかなか騒がしいが、どうも自分に向けられたものだと思ったリリーは、疲れていながらも目を開いた。
「あっ、皆、起きたよ!」
 一番近くで、リリーに影を落としていた者が言うと、周りの者たちは喜びの声をあげた。
 だがその光景は、リリーにとって信じがたいものだった。
 通常よりもはるかに大きいポケモンたちが、人語でなんだかんだと話している。

「……ポケモンが、喋ってる!」
 そのままリリーは飛び起きた。
「何言ってるんだい。あんたもポケモンじゃないか」
 近づいてきたガルーラがそう言った。リリーは目を見開いたまま後ずさりする。
 その時、自分の身についた何かが地面を引きずることに気がついた。振り向くと、そこには黄色くぎざぎざした尻尾があった。
 ねずみポケモン、ピカチュウ。リリーは、ガルーラの言ったとおり、本当にポケモンになっていたのだ。
「そんなはずない! だって私は、にん……げん……」
 声を震わせながらも、リリーは強く言い放った。だが、その先を言うことができなかった。奇妙なことに、リリーは人間であった時の記憶をすっかり失っていたからだ。
 自分はリリーという名前の人間だったはず。そのことだけは憶えているのだが、どういう人間だったのか、どういう環境で過ごしてきたのか、そういったことはどうしても思い出せない。
「そんなこと言ったって、ポケモンだよ、君は。疲れてるなら、空き家に連れてってあげるね」
 ずっと目の前にいたヒノアラシがそう言った。その穏やかな声に、リリーは少しだけ緊張がほぐれた。
 空き家に着くと、心身共に疲れたリリーはすぐさま眠りに着いた。

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