+ 第12話 海流に紛れて +


 “嵐の海域”に本当にカイオーガがいるのか確認もせず飛び込んでしまったが、これで本当によかったのだろうか。
 というのは、リリーもノアも、嵐にかき回されて、既に焦点があっていないのだ。
「の、ノアァー、オレンのみー」
 と言って実を投げるが(海中でも真っ直ぐに投げられるのもバッジの力らしい)、見当違いのところに飛ぶ。
 常時こんらん状態のようなものだった。
 だが、そんな中、嵐の影響を全く受けていないポケモンがいた。パッチールだ。
「“サイケ光線”!」
 今も、迫り来るメノクラゲたちに応戦している。
「バトルは全ててまえにお任せくださーい!」
「た、助かるよ……あ、“俊足のタネ”だ」
 リリーは手を伸ばし、漂っていたそのタネを掴んだ。
「よし、これを食べれば少しはましに」
「待つんだ、リリー!」
 リリーがそれを頬張ろうとした時、ノアの声がそれを阻止した。
「ここはひとつ、パッチールに食べてもらうっていうのは」
「なん、で?」
「パッチールに食べてもらって、ボクたちは後ろに捕まるんだ。まともに動けるのはパッチールだけだからねー」
「ナイスアイデアです!」
 パッチールは、いつもの不安定な動きでリリーに近づいた。今ではリリーもノアも不安定な動きをしており、逆にパッチールが安定して見える。
 パッチールは、リリーとノアに捕まってもらってから、“俊足のタネ”を食べた。あとは海流に沿って海底へ行くだけだ。 「よし、今です! いけーい」
 そのまま、バタ足で深く深く潜り続ける。目の回っているリリーとノアには辛いものがあったが、それでもパッチールから手を離さないよう、それだけを考えた。

 目を瞑っていても、もう大分暗い海の底にきているのだと気づいた頃、リリーはある感覚を思い出していた。
(これは……ヨシノシティでの……はじめてポケモンワールドに来た時の)
 深い海。どこか別の世界と繋がっているような。
 そっと目を開くと、目の前には闇の空間が広がっていた。ただ、海の底というだけではない。“世界の綻び”だ。
『放っておくと、この世界とあの世界は不完全に混じり合い、私の意図なしに世界を移動する者が現れる。要するに、自分の世界で生きられなくなってしまう。移動すらできず、世界のひだのどこかに墜ちる者もいるだろう。そうなってしまえば、世界はまた、かつての混沌状態に陥るだろう』
「<世界の審判>!」
 リリーは声をあげたが、それから<世界の審判>の声は消えた。
「どうしたの?」
 “俊足のタネ”の効果は消え、リリーとノアはパッチールから離れた。ノアには、声は聞こえなかったようだ。
「<世界の審判>の声が聞こえたんだ……“世界の綻び”の近くは危ないよ!」
 リリーは、目の前の闇から目を逸らした。
「えっ、声が」
「うん……言ってたことは難しかったけど、要するに、“世界の綻び”を通るとどうなるかわからない、ってことだと思う」 「そんな」
「まだだー、まだ大丈夫だー」
 すぐ近くからのような、遠くからのような、声が響いた。声色からして、<世界の審判>ではないことはすぐに分かった。
「誰ですかっ?」
「カイオーガだー。“世界の綻び”に囚われているのだー」
 その野太い声が目の前の闇の奥からのものとわかり、リリーは恐る恐る、闇に向き直った。
「まだ、まだ大丈夫だー。いつ混沌に陥るかはわからないがー、見るだけでそうなる段階ではないぞー」
「あ、あの、カイオーガさん、この羽根、見えますか? これに色をつけてもらうというのは」
 リリーは、まっさらな羽根を取り出して、闇に突きつけた。
「おう。そのくらいならできるぞー。なんてったって、私がこうなった今でも、この辺りは嵐が止まないというのだからなー。お安い御用だー」
 すると、羽根の周りを泡が囲んだ。その泡が消える頃には、羽根は灰色を帯びた青色に染まっていた。
「カイオーガさんも大変そうなのに……ありがとうございます。私たち、絶対“世界の綻び”を止めて、あなたを助け出します」
「ここまでご苦労だったー」

 バッジの力で海上にあがり、東の海岸にたどり着いた。地理的には、“大いなる峡谷”のあたりだ。
「さて。次だけど……あ、あれは?」
「えっ」
 ノアが指差した方向には、夢幻ポケモンと呼ばれる二匹――ラティアスとラティオスが、飛んでいった。
「北のほうだ……」
「あ、ここじゃない?“奈落の谷”ってところ」
 リリーは、地図に描かれた、大陸西北の深緑色で塗られた地帯を指して言った。
「なんだか、入ったら抜けられなさそうな名前だな……でも、確かにここしかないよね、行こう!」

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