+ 第13話 奈落の底に沈む +


 風がびゅうびゅう音を立てる。
 自分まで吸い込まれそうになるような、怪しい雰囲気が漂う。

 ……想像通りの場所だ。

「ここにラティアスが」
「うん。“奈落の谷”」
「それでも、下るしかない、と」
 リリーは、唾を飲み込み、一歩踏み出す。
 底に向かって、螺旋を描くようなゆるやかな道を、下る。何かこのような光景が出てくる話があったよな、と、なんとなく思うが、それが何かは思い出せなかった。
 谷の中央部に、淀んだ灰色をした柱のようなものが立っていて、それもどうやら底から刺さっているらしい。奇妙な光景だ。
 まるで“沈黙の谷”のような、いや、それ以上かもしれない。ここは、“死んだ土地”だ。
 ポケモンは一匹も出てこない。このまま下るとラティアスに会えるのかと、一行が疑問に思い始めたその時だった。
 一気に視界に、白の世界が広がったのだ。その世界は目の前で弾け、周りに漂った。
「ラティアスです!」
 パッチールの声がするが、この中で顔を確認することはできない。
「えっ?」
「これは“ミストボール”、ラティアスの技です。ここに必ずいます」
「な、なるほど。ラティアスにしか使えない技……でも、視界がぼやけちゃったよ」

 すっかり空も遠くなり、陽光も弱くなっていく。
 あれからしばらくして、強い衝撃波が一行を襲った。“竜の波動”だ。
「これもラティアスの……?」
「はい」
 リリーはその波動の中に、ある声が乗っていることを感じた。目を閉じ、耳を研ぎ澄ます。
『来ないで!』
「……え」
『来ないで……!』
「来るな」
 その「声」とは別に、もっと近くに声を感じた。
 目を開くと、そこにはプテラの大群がいた。そして、谷の中央部にあった柱は、なくなっていた。
「え」
「まさか、あの柱の正体は……」
「来るな!」
「でも、ラティアスは下に」
「うるさい! お前が親玉だなっ!」
 プテラたちは、リリーに集中攻撃を始めた。
「やっ……! ピーカ、チュー!」
 リリーも、“10万ボルト”で応戦するが、全く歯が立たない。ノアとパッチールの手足は、他のプテラたちによって強く押さえつけられている。
「くらえ、ラティアス様の忠告を聞かなかった罰だ! “原始の力”!」
「ひゃぁああっ!」
 リリーは深い傷を負い、奈落の底に消えていった。
 プテラたちは、それを黙って見ていた。

「あ、あの、ノアさん」

「うん、これは……」

 リーダーが倒れ、どこかへ消える。
 即ちこれは、冒険の失敗を意味する。

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