+ 第14話 こんな時の友達 +


 ゲンガーの光以外は、ただ霧が立ち込めるばかりで、ほとんど何も見えなかった。
「それで、ここは」
「“奈落の谷”の最深部だな。こんなところに飛ばすたぁ、審判っつーのもなかなかチャレンジブルだな。そんで、オレたちは、ポケモンたちを倒しながら上に行き、リリーを助ける、と」
「……何してるんですか、あなたたち」
 闇の中、新たな登場人物に気づいたゲンガーは、声の主のほうを振り返った。
「私はラティアス。誰もここに近づけるなと、プテラたちに言っておいたのに……!」
 涙声のラティアスは、漂っていた霧を手の内に集め、キオとゲンガーに放った。
 ゲンガーはどうにか直撃は免れたが、ポケモンになって間もないキオは深い傷を負った。
「キオ! ……ひでぇな、ラティアスッ!」
「何とでも言ってよ。ここにいると危険なんだから、私はあなたたちを攻撃することを厭わない……」
「はぁ。生憎だな。闇ん中じゃどう考えてもオレが有利じゃねーか。“催眠術”!」
 ゲンガーは不安定な手の動きで、ラティアスに念を送り眠らせようとした。だが、ラティアスのもとに念が届く少し前に、ラティアスは“神秘の守り”でそれを防いだ。
「くっ!」
 キオは、今までに読んだポケモンの本の内容を思い返していた。チコリータが使える技。最終形態のメガニウムのような攻撃力は出ない。だが、チコリータは、レベルが低くても強い技を覚えられる。
「まずは、……“光合成”」
 さっき受けたダメージを回復しようとしたが、ここは闇の中だ。ほとんど体力は回復しない。キオはそこに気がつかなかった。
「いいの? 光合成はPPが少ないのに……とにかく、はやく帰って! “竜の波動”!」
 ラティオスは、キオとゲンガーの身体を押し上げるように波動を向けた。
「うわーっ!」
 軽いキオは、いとも簡単に吹っ飛ばされ、崖にぶつかった。運のいいことに、そこに足場があり、なんとか着地できた。ラティアスは、キオたちを上に押し上げるために、はじめからこれを狙っていたのかもしれない。
「……あ、でも、これって」
 キオは上を見上げた。太陽の光が照っている。
「そうか、今度こそ!」
 キオは、集中した。“ソーラービーム”だ。これを出すことができれば。
「よし、えーいっ……って、あれ」
「光は吸収できている! もっと踏ん張りやがれ! なんのための四つ足だ!」
 ゲンガーに言われて、一度深呼吸をする。ラティアスは下から追ってくる。威力がなかろうが、至近距離でぶつけることができれば。
「今だ、いけっ!」
「“ソーラー……ビーム”!」
 直撃。成功だ。
「うっ……」
 だが、ドラゴンタイプのポケモンに草タイプの技はいまひとつ効かない。そこで、ゲンガーがすぐさま“シャドーボール”で追い討ちをかける。
「これでさすがに、もう無理だろ!」
「……いいよ。君たちをあの場から遠ざけるということは叶ったんだから」
 ラティアスは、さらに上へのぼって、無秩序に飛び回っていたプテラたちに、一言止まれと言った。
 そのままプテラたちは、また柱を形成する。キオの目は、崖の上ではためくフラッグを捉えた。
「よし、キオ! あれを取れ!」
 そう言われ、ぐにゃり曲がった崖の道をのぼり、フラッグをくわえて持ち上げた。
「よし、これで成功だ」
 旗のすぐ後ろに、ノアとパッチールがいた。二匹とも戦い疲れたといった様子で、目がうつろだ。
 だが、その二匹は、リリーの復活を目の当たりにし、すぐに目に光を宿した。
「リ、リリーっ! どうして」
「えっ……わかんない」
「なーにが、わかんない、だ! オレたちが“友達救助”したんだよ、感謝してもらわねーとなぁ」
「ゲンガー! ……それと、隣の、キミは?」
「あんた、リリーだよね。私よ。ヨシノシティの、キオ」
 一瞬の沈黙が走った。リリーは目を真ん丸くし、その様子を、ポケモンたちが何も口に出さずに見守る。
「えー、キオーッ!?」
「うん、なんか、来れちゃった、みたい。あ、でも、そろそろお別れ……かな? なんか、あっちの世界に戻れそうな」
 キオの身体が光りだす。じきに、人間がもと来た世界に戻る合図だ。
「ほんと!? もっと色々案内したいのになぁー」
「“友達救助”なんだ、仕方ねぇよ。キオ! お前の戦いぶり、なかなか見事だったぞ! 尤も、オレがいてこそだったけどなー!」
「ねー、見事だったでしょ? ソーラービーム!」
 皮肉を受け流し、キオはリリーに向かった。リリーは、キオを抱きしめる。
「リリー、今、とんでもないことに巻き込まれてるんでしょ。私は全部はわからないけど……解決して、無事戻ってきてね」
「うん。うん」
 リリーが、チコリータになった友人の背中をぽんぽんと撫でると、キオは元の世界に戻っていった。

 ゲンガーも救助を終えたため、バッジの力で広場に戻った。その場には、リリーとノア、パッチール、そしてラティアスが残った。
「やっぱり、あなたが私たちを近づけなかった理由って、“世界の綻び”ですよね?」
「そうだね。何も関係がない者を、危険に晒すわけにはいけないから」
「私、関係ないってわけでも、ないんですよ」
 リリーは、灰色を帯びた青色の羽根を取り出した。
「わかりますよね? これ」
「“銀色の羽根”を描くんだね。ルギアに会うために」
「はい。理由は、“世界の綻び”を止めるためです」
「そうですか。確かに私にはその羽根を染める力がある。だけど、それは兄、ラティオスと一緒に技を放たないといけないんだ。だから、“北の山脈”で、兄に会わなければならない……」
 北の山脈といえば、奈落の谷から少し北西に行ったところだ。一度地上にのぼり、そこから道なりに歩いていけば着くだろう。
「わかりました、では、北の山脈へ行きましょう」
「はい、それじゃ、乗ってって!」
 谷から、山脈へ。羽根の色が染まる時も近い。

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