+ 第15話 光と霧の兄妹 +


「ちょっと待ってね」
 北の山脈の中腹までたどり着いた時、ラティアスがリリーたちを下ろし、そう断った。
「今から、“夢映し”する。これで、兄の今の状況が私やあなたたちにわかるんだ」
 ラティアスは、思念を集める。リリーたちの前に、ぼやけた像が見え出した。
 ラティアスの兄らしい、空色の額が印象的なポケモン、ラティオスは、雲の上にいるようだった。
 しかも、その雲はところどころ“闇”に覆われている。映像はそこで終わった。
「これも“世界の綻び”……?」
「そうだろうね。奈落の谷では、下の方が闇に覆われてたけど、ここでは上空が闇に覆われている」
「あの、奈落の谷だけではありません! 今まで、私たちいろんなところを冒険してきましたけど、闇に覆われたところはいずれも下の方だった……」
「なるほど、綻びは下から迫ってきていたのに、もう上からも……」
「そんな」
「今から兄を呼びます」
 ラティアスは、透き通った甲高い声で、彼女の大切な兄を呼んだ。
 兄ラティオスは、ラティアスの所在がすぐにわかり、一行の前に姿を現した。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「私は大丈夫だ。だが、ついに上空も」
「うん。“夢映し”を使ったから知ってるよ」
 ラティオスは、傍にいた、自分よりも随分小さいポケモンたちに視線を移した。
「この者たちは」
「ルギアに会うために、羽根の色を染めているひとたちだよ。“世界の綻び”を止めようとしている、いわば仲間だね」
「そうか、わかった。羽根を」
 リリーは、はい、と返事し、羽根を出した。ラティオスは、それをくわえる。
 そのまま念で羽根を宙に浮かせ、ラティオスとラティアスは、それに等距離で向き直った。
 ラティオスはまばゆい光を放ち、ラティアスは霧を起こす。
「“ラスターパージ”……ラティオスだけが使える技ですね。ラティアスの技は言わずもがな」
「“ミストボール”だね」
 羽根に向かって、同時に放つ。羽根の周りに不思議な空気が渦巻き、それはやがて、銀色に輝く羽根となって、リリーの手のひらに落ちた。
「“虹色の羽根”とはまた違う、けど、どっちも同じくらいきれい」
 虹色と銀色なんて、不思議な一対だと、リリーはずっと思っていた。が、こうして二つ目の羽根を作ってしまうと、片方が片方に全く見劣りしない、バランスの取れた美しさという意味で、それらが一対であることに説得力を持たせていた。
「ありがとうございます。あなたたちも“世界の綻び”を止めるべく戦っているんですよね? 私たちも、共に戦っています。さっき、ラティアスさんに仲間だと言われて、とても嬉しかったです」
 ラティアスは、はじめて無邪気な笑顔を見せた。

「それと、ルギアのもとへ行くというのなら、渡したいものがある」
 ラティオスは、一度山頂まで飛び、戻ってくる頃には、黒くなめらかな石をくわえていた。よく見ると、白い粒が渦状に浮き出ている。
「“渦潮の石”だ。これを持っていると、ルギアのいる“銀の海溝”への侵入者を防ぐ渦潮に巻き込まれずに潜ることができる」
「えっ、でも、そんな大切なもの」
「いいんだ。私とルギアは古い友人でな、昔はよくお互いのもとへ行っていたものだ。だが、そんなことは昔の話。今じゃ、会うこともなくなってしまったからね」
「そんなことが……」
「そういうものなのだ、リリー、ノア。こうして話してみると、悲しくはあるがね」
 ラティオスは、西の大海に目を移す。かつては、ラティオスがこの石を持って、ルギアに会いに行っていたのだろう。

 ルギアに会って、本物の羽根を手に入れれば、いよいよ本格的に“世界の綻び”を止められる。
 だがその前に、リリーたちは、この世界の真実――そもそも真実など存在せぬのかもしれないが――を知ることとなる。

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