+ 第16話 模造された世界 +


「ルギアさーんっ」
 ここには“世界の綻び”が巣食うこともなく、ルギアは海底に佇んでいた。
「誰かが石を使ったと思ったら……あなたですね」
 ルギアは、母性を感じさせる優しい声で応えた。
「はい。これを染めて」
 リリーは、カイオーガやラティアス、ラティオスに染めてもらった“銀色の羽根”を見せた。
「なるほど……」
 その時、背後から仲間たちの声がした。
「ノア、パッチール! サクラビスは」
「ああ。今頃じゃ、皆で楽しくグミを食べてるよ」
 リリーは、追いついてきた仲間たちを紹介した。
「私たち、“世界の綻び”を止めるために、いろんなポケモンたちに会っているんです。ホウオウには会いました。それで、あなたに羽根を貰えれば、“地底遺跡”に行って“万年の家”を開くことができるのですが」
 ルギアはそれを聞いて、むう、と低くうなった。
「ホウオウは、一つあのことを知らないのですね」
「あのこと、って?」
「“地底遺跡”そのものの扉を開ける方法です。地底遺跡は、普段は厚い扉で堅く閉ざされており、その扉はただ一つの存在にしか開くことができない」
「その存在……?」
 ルギアは間を置いて、より重い声で言った。
「ミュウツー、です」
「ミュウツー!?」
 リリーは思わず反復した。ミュウツーというポケモンを知らないノアは、何のことかと首を傾げた。
「ミュウツーって?」
「ミュウの細胞から、人間が作り出したポケモンですよ」
「人間が?」
 それにはノアも驚いた。
「でも、なんで人間が作り出したポケモンが、ここポケモンワールドに?」
 そう訊いたのはノアだが、それはリリーも訊きたかったことだった。
「……この世界のポケモンたちは、ポケモンと人間が共存する世界にルーツがあります。まずそのルーツとなる世界を、この世ではじめに生まれた神が作り出しました」
「それって、<世界の審判>?」
「その名前を知っているとは……でも、<世界の審判>ではありません。もっと上の存在。この世界は、創造神に憧れた、神の分身が作り出した不完全な世界だから」
 リリーたちは、不完全な世界と聞くと、隕石の衝突によって星が破壊されかけたことや、今この世界のポケモンたちが直面している、世界の綻びによる土地侵食を思い出さずにはいられなかった。
「神の分身は、“時”と“空間”を支配する力があったけれど、世界の創造をするとなると模造品しかできなかったのです。その結果、この世界にも人間の存在を思わせるポケモンがいる、ということ」
 そういえばそうだ、と、リリーは思った。だが、この世界の歴史と、ルーツとなる世界の時間の流れを考えると、辻褄が合わなくなるのではないか。この世界がいつから存在しているのかはわからないが、ミュウツーというポケモンが人間の手によって作り出されるよりは前だ。それは、リリーの母ヒイラがこちらの世界に来たことがあるという事実からもわかる。
 リリーはそういう内容をまとめて、ルギアに話した。
「ちょっとそれはわかりませんね……それも、この世界が不完全だからということなのでしょうか」
「そうですか」
 明確な答えは得られず、リリーは肩を落とした。
「まだ渡してはいませんでしたね」
 ルギアは、自分の羽根を一枚、リリーに渡した。
「もう“虹色の羽根”は持っているのでしたね? ミュウツーの力で、地底遺跡を開いてください。そして、二枚の羽根の力で、“世界の綻び”の侵食を止めてください」
「はい! ところでミュウツーはどこに」
「ミュウツーは……“西の洞窟”というところにいます」
「わかりました。ありがとうございました」
 こちらの世界でも、孤独に生きるミュウツー。リリーは、これが“世界の綻び”の侵食を防ぐためでなくても、ミュウツーに会いたい、と思った。
「あっ、そうだ、リリー!」
「ん?」
「あれ、返そうよ」
「……そうだね」
 リリーは、“渦潮の石”をルギアに差し出した。
「これは……」
「ラティオスに貰ったものです。またこれを渡すために、“世界の綻び”がなくなってからでも、またラティオスに会いに行ってみてください」
「そう。それでは、そうしましょう。ありがとうね」

 リリーたちは、久しぶりに広場に戻った。
 パッチールとは、ここでお別れだ。パッチールには、ガルーラの倉庫に預けていたグミをたっぷりあげた。
「こんなに! ありがとうございます。てまえには、これ以上何をすることもできませんが、あなたたちが“世界の綻び”を止められると信じています。あなたたちのことは、これからどれだけ素敵な夢とロマンが待ち受けた冒険を繰り返しても、忘れることはないでしょう」
「こっちこそ、色々お世話になったよ、ありがとう。パッチールが故郷に戻れるように、私たちは“世界の綻び”を止める!」
 パッチールは、その日いかだで、まだ見ぬ大陸に帰っていった。リリーとノア、それから広場の仲間たちは、パッチールが水平線のかなたに消えるまで見送った。

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