Document #2 垣間見える外の世界


 チエが不思議な家を見つけた翌日は土曜日であった。授業も終わり、さぁ帰ろうと思ったその時、チエは七年生でアプリ部部員のアールに呼び止められた。
「チエちゃーんー!」
「アールさん……珍しいですね。いきなりどうしたんですか?」
「珍しいって何よー」
 アールは、長い金髪が印象的な、ナイスバディのお姉さん、というふうにチエには見えていた。
「んじゃ、本題。チエちゃん、今日あいてるかしら? よかったらうちに来ない?」
「あいてるっちゃーあいてますけど。何かあるんですか?」
「それは家についてからじゃないと言えないんだけど、ものすごい大発見したから」
 アールは、自称<ふしぎ研究家>。多くのSF小説を読み込んだ読書家でもあり、国語と理科の成績が、全体的に成績の高いアプリ部部員の中でも群を抜いて高い。
「大発見ですか……アールさんが言うことですから、相当なものなんでしょう。本当に行っていいんですか?」
「うん!」
「わかりました! んじゃヒロキ、そういうことだから」
「そういうことって……」
 ヒロキは近所の友達を見つけ、先に帰った。

 アールの家は理系一家だ。
 ある大部屋には、様々な薬品が並んでいる。チエたちが四年生になってアプリ部に入った時、ここは「名所」だから見ておけと、部員のユキオに言われ、一度見たことがあった。
 今回訪れたのはアールの個人部屋だが、こちらにも少し薬品が並んであった。
「さて、今回チエちゃんを呼んだのは、他でもない<外の世界>についてなんだけど」
「えっ? そ、外の世界ですか」
「うん」
「ひょっとして、同志、ですか?」
 チエは同志を欲しがっていた。一緒に<外>について調べられるような。アプリ部の部員には、自分が<外>の存在を探しているということは伝えようとしたのだが、七年生と九年生に伝えたところで、ヒカルとバイオから止められてしまったのだ。
「イエス! だって、気になるもの。それで、見つけたのよ、外」
 え。
 今、何て言った。
 チエは開いた口が塞がらなかった。何か言おうとするのだが、声が出ない。
「<外の世界>に通じる扉があったのよ」
 途端にチエの中に朱色が走った。ものすごい速さで頭と心を駆け巡る。
「ほ、んと、に」
 ようやく話すことができたが、まだ言葉は途切れ途切れだ。
「ね、大発見でしょ! まだ見てないんだけど、あれは扉だと確信してるわ! それで、あたしたちで見に行けばいいんじゃないかって思うんだけど」
「行く。行きます」
 チエは、まだ自分の中、そして周りで何が起こっているのかわかりきってはいなかったが、そんなことはどうでもいいといった様子で応えた。
「よし、けってーい。いつ行く?」
「今日、じゃないんですか?」
「ええっ今日!?」
「時間あります、なので今日行きたいです」
「よし、わかった……」
 アールは、チエの抑揚のない喋りにひや汗をかいた。
 それから話題を変えようとしてこう言った。
「いいわよねー。正義で! カシコで! 夢がある! そんな人しか入れないアプリ部、もっと色々すべきだわ!」
 正義感を持ち、頭脳明晰で、大きな夢がある。
 これがアプリ部入部の三大条件である。
 発想力があり、未来につながる様々なもの・ことを考えることができ、そこから生まれたもの・ことを悪用することがない、学校の成績もいい四年生から九年生。
「確かに。普段の活動内容といったら、ホーテンス=ケッド社が開発している<オンダデスク>の新アプリを考えることくらいですもんね」
「そう! そうなのよー! 全く、ホーテンス=ケッド社も粋なことをするけど、こういう楽しみがあってもいいはずよ。入部も大変なんだし、何より正義でカシコで夢があるんだもの!」
 アプリ部は公立であり、入部することは困難なのだ。
 部員は、各地区の担当者が決める。四年生になるまでに優秀な児童に入部依頼を送り、保護者と児童が承諾することによって入部が決定する。拒否することもできるが、今のところ入部を拒否したという話は、チエは聞いたことがなかった。

 その日の夜、チエとアールは、チエの母に、アールの家でおとまり会をしたい、と申し出た。
「どうしたの、いきなり」
「アールさんのSF話聞いて、一度一晩かけてじっくり聞いてみたいと思ったから」
「お願いします、あたしもう準備できてるんです」
「……わかった、いいよ」
 二人は顔を見合わせ、にっと笑った。

 持って行くもの。
 <外の世界>を見に行くという心がまえ。
 本当に荷物はいらないらしい。

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