メルヒェン地方のブリオニアの話【10】

 これまでに巡った町。
 大都市シフシュロス。十字路の商業都市ハーメルン。お菓子な街レープクーヘン。岩の中のネオン街ゲシュテルン。砂漠のオアシス、ヒッツェサンド。古城のあるフロッシュ。
 ……そして、襲撃を受けた深雪の町、ブランシュネージュ。
 それらを、ファイアロー自慢の飛行で見下ろすと、ドラゴンに見えた陸地の、ほぼ頭と背骨、そして尻尾の部分は回ったことになる。
 それでもなお、砂の民とされる少女ブリオニアには会えていない。しかも、得られた手がかりといえば、魔女軍らしいこと──という、この上なくネガティブなものだ。
 今までは誰かが次の行き先を提案してくれていたが、おおかた巡った今、自分で決めなくてはならない。しかも、太陽が沈んでしまうと、上空から辿り着ける場所が限られてしまう。
 早く、次なる街を決めなくては──
 そう、焦りを見せたときに、しかしデイジの視界に飛び込んだのはひとつの流星であった。西の夕空にあっても見逃さない、こうこうと輝く流星だ。
 その星は燃え尽きることなく、メルヒェン西部の孤島を照らす。
「あんなところに島が!」
 旅人の勘である、としか言いようがなかった。ほとんど巡る場所のない小さな島であろう、それでも、デイジはそこに何かがあると確信し、高度を下げるようファイアローに指示した。
 そこにあるのは、絶望か、希望か──しばし逡巡ののち、まもなくデイジの視界は反転した。
「ファイアロー、防御体制!」
 ポケモンによる攻撃の可能性を瞬時に判断し、デイジは咄嗟に指示する。いつも被っている黒い帽子は取りそこねてしまい、落下した。
「へぇ、耐えるのね。ならこれはどうかしら。"水の波動"」
 まずい、と思った。苦手な水タイプにして、混乱をも誘う技だ。まともにくらってしまっては、ファイアローの体力もコントロール力も失われる。
「高速移動で避けろ!」
 俺のことは気にしなくていい──
 そもそも、自身のポケモンですらなく、ヒカミが手懐けている野生ポケモンだ。こういう時は情なく動いてくれる。デイジはその間にも、ファイアローを必死に掴んで飛行に耐える。
「慣れないことしちゃって。逆の力を加えてあげるわ。スワンナ、暴風」
 名前を呼ばれた白鳥ポケモンが気流を乱し、ついにデイジは手を滑らせてしまう。
「あ……あいつは……」
 一瞬だけ、スワンナの背に乗る指示者が見えたのだ。青みがかかった銀髪に、赤い瞳、褐色の肌。
 ──間違えようがない。今まで聞き取りで集めてきた、砂の民のブリオニアの特徴に、完全に一致していた。

 ○

「暴風!」
 万事休す、と、落下するままに任せていたデイジに、先ほどと同じ技を指示する声が聞こえた。
 しかし、先ほどと違うのは、デイジを撹乱することではなく、下から風を吹き上げて落下をゆるやかにするのが目的であることだ。
「よかった。間に合ったよ、ゼフィ」
「……お前は!」
 昨日出会ったロッソその人であった。ゼフィと呼ばれたウルガモスの背で再び相対する。彼の赤茶の髪に、ウルガモスという組み合わせは、かなりしっくりくるが、それだけではない。
「ウルガモス。寒冷な土地では太陽神と崇められるほか、火山灰にまみれた土地で太陽の代わりになったとの伝承も残るポケモン……まさか俺まで助けてもらえるとは」
「へぇ、驚いた! ウルガモスにそんな言い伝えがあるなんて知らなかった」
 だってよ、聞いたか、と、ロッソはゼフィを撫でる。
「このまま空中散歩といきたいところだけど、生憎俺も猫の手を借りたい気分でさ。だって──」
 ロッソが言い終わる前に、何者かが目にも見えぬ勢いで突き上がってきた。そのポケモンは、尻尾を突き上げウルガモスを急襲する。
「げっ、ポイズンテールか!」
 ウルガモスは毒に苦しむ。このまま二人が乗ったままの空中戦は不利だと判断し、少しずつ高度を下げる。

 大地に降り立ち、勢いのまま落下するそのポケモン、グライガーに、熱風をぶつける。重力もある中、グライガーは避けきれず、熱風に巻き込まれた。
「なんとか一発……」
「なんだ。せっかく全員が飛行タイプ所持だというのに、もう飛ぶのをやめてしまうのかい」
 その声の主を見て、ロッソが目を見張るのを、デイジは見逃さない。
「あいつは……魔女軍のトップ……!」
「ああ。大地のマクセルとは僕のことだ」
 二人を見比べて、デイジは動揺した。茶髪に茶色い目、だけだとよくある特徴だが、それだけではなく顔立ちも非常によく似ている。
(なにか関係が……?)
「大将。まずは一匹」
 女性の声がした。振り返ると、疲れ果てたファイアローの背後に、スワンナを従えた彼女がいた。
「……ブリオニア・ヴァイスミュラー」
「まあ、知っていてくれたの。魔女軍第四将、護田鳥(おすめどり)のブリオニアとは私のことよ」
 ファイアローはよろめきながらもデイジのもとへ寄り、その苦しそうな表情を見かねたデイジは古いボールにしまう。
「……本当に、似ているな」
「お前たちこそ」
 呟いたロッソを一瞥すると、ロッソはばちの悪い顔をした。
「なら俺も名乗ろう。サクハ地方砂の民、デイジ。お前の苗字がヴァイスミュラーであろうと、俺たちは祖先を同じくする者だ」
「祖先を、ね……」
 ブリオニアは一瞬目を逸らし、自身の髪に触れたが、すぐに戦闘体制になる。
「追い風!」
 スワンナの一振りで、自身だけでなくマクセルのグライガーにも活気を与えた。
「ちょうど二対二ということか」
 デイジもドンファンのパレードを出して応戦する。
「大地のマクセルの前に地面ポケモンで挑むとは。面白い」
「デイジ。どっちだ、なんて言ってすまなかった。今は俺と組んでくれ」
「言われなくとも。……転がる!」
 向かい風で不利だとわかっていても、相手への最大打点を引き出せる岩タイプの技だ。気迫で押し通し、スワンナにぶつかったのちグライガーを攻める。
「俺は砂の民として、クオンの地に信仰を復活させねばならない! そのために、世界を旅して砂の民を呼び戻しているんだ!」
 気迫のまま叫ぶと、ブリオニアは明らかに動揺した。先日ブランシュで対峙した魔女軍の女性とは異なり、感情に訴えかけるのに手応えを感じる。
 しかし、隣で応戦するマクセルは放ったのは、意外な言葉だった。
「へぇ、それは奇遇だね。信仰の復活という点では、僕らの目的にもそういう意味合いはあるからね」
「どういうことだ」
「君も見ただろう、この島──「忘却ノ島」に落ちるネガイボシを。僕たちは望みを叶えるために──」

 このメルヒェン地方に、伝説のポケモンを呼び戻そうとしているところさ。
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