※注※ 人身売買の描写があります。
サクハとナズワタリの地方境。
国土の大部分が標高1000mを超えるナズワタリ地方らしく、そちらも小型トラックがかろうじて通れるような粗末な道しかない。
とはいえ、サクハとナズワタリの交流路はここしかなく、中世よりシルクロードの裏通りとしても使われていた。
逆に言えば、この通りほど、やましい取引にうってつけの場所はない。
数日前、ヒカミやシエロ地方のフクベ、シュンカらと、真面目なシルクロード交易と歴史の話をしたばかりな中、いくら商人魂といえどやや後ろめたさはある。
しかし、デイジのメルヒェン地方行きのためヒカミがファイアローを貸し、一旦北サクハの拠点に戻っている今しか、この商談を進められる機会はなかった。
「やっほー、待ってたよ」
事前に伝えられていた軽自動車のナンバープレートを目視して、ツキは手を振る。イミグレーションの前に設けられたパーキングに車を停め、出てきた運転手は、場に似つかわしくないフォーマルなスーツを着ていた。
後部座席に小さな人影を見てツキは確信する。同時に覚悟も固める。
「めざといよねー。「処分」する前に商談持ち掛けてくるんだもん。そりゃボクだって、濃いめの肌色に白い髪って言われると興味持っちゃうよぉ。でも、今まで何人かは最高級の出来だったのに、今回は褐色肌の人の遺伝子を用いたから、試行回数が足りなくて最高にはなれなかったんだっけ?」
「まあ……そういうところだ」
「ねえねえ、お顔を見せてよ。……わぁ!」
ツキは度肝を抜いた。その少年とも少女ともとれない子どもは、──目がなかったのだ。
「待って待ってー! 知ってたけど実際に見たらドキドキだね! 希望する石をはめてもらえるんだっけ?」
「ああ。いわゆる義眼だが、特殊な技術によって視力は確保される。元々ポケモンと進化の石を引き立てるためのデザイナーベビーだからな」
デザイナーベビー。とある地方で、完璧な美しさを実現するために、より良いDNAを掛け合わせてさらに遺伝子操作し、「製造」されている子どもたちのことだ。
デザイナーベビーたちは東洋の言葉で、ア、イ、ウの順で名付けられる。今回ツキに商談が持ち掛けられたのは、そのうちの「ヨ」だ。
「石は追加料金なしなの?」
「概ね先日提示した料金内で付けられるが、光の石や目覚め石などの珍しい石、あるいは左右に違う石をつける場合は追加料金だ」
「それ、ボクが値切った後の料金で合ってるよね? 「処分」を止めるんだし。あーね。いいよもう決まってるから。正式に養子縁組をしてボクの子として育てるから、当然ボクに似せて「炎の石」を頼むよ。それは料金内でしょ?」
「御意に」
生々しい人身売買の話をしても眉根ひとつ動かさないスーツの男は、専用のジュエリーケースから義眼用に加工された炎の石を取り出す。車の後部座席に入り、外からは見えない角度で「ヨ」に義眼をはめた。
その状態で、「ヨ」が外の世界に出てくる。傍には生まれた時に組織から与えられたであろうパールルがいた。
──奇跡、だと思った。
一切の荒れがなく、みずみずしくもっちりした肌。左右対称のパーツ。砂の民よりも随分つやのある、ブルームーンのごとき白髪。
炎の石の眼は、もっと義眼らしいと思っていたが、じっと見つめてくれていることがツキにも伝わった。美しく、また砂の民らしい、赤い目だ。
ただ、140cmくらいであろう小柄な身長とは似つかわしくないほどに無機質な雰囲気を持っている。
「よろしくね、ヨ」
ヨは、ツキが差し出した手を取るものの、一言も話さなかった。
「前に支払っていて、かつ追加料金なしだから、もうボクのだよね。これから養子縁組して、ボクの子になる。ということは、これまでのこと聞き出しちゃうのはいいの?」
「好きにしろ」
「はぁい」
スーツの男は、できるだけ早く場を離れたいことを隠しもしない素早さで車を出した。ツキは彼の態度にも動じず、手を振って見送った。
○
「ようし、というと、新しい名前がつくのですか」
しばらく山道を歩いていると、ヨから切り出した。
「えーどうする? ボク、ヨでもいいと思うんだけどなぁ。世、夜、善、代、あるいは一人称の余、Jo……」
「そんなことを言われたのははじめてです」
「ボクはとっても気に入ったよー。だから、養子縁組の書類には、もう少し名前っぽくして、ヨーにしようと思うんだ。どう?」
「ヨー」
ヨはぽつりと呟き、その後頷いた。
「よかったー。そうだ、ボクはポケモンにはみんなあだ名をつけてるんだ。パッチールのリエちゃん、ジュペッタのクロちゃん、ケンタロスのカンちゃん、ホエルオーのハンちゃん……はほぼ放し飼いだけど。パールルにも、何か名付けてあげたらどうかな」
「パールル、ちゃん……ルー、ちゃん」
「いいねぇ」
○
それで養子縁組をしたのか、と、ヒカミ、そして帰郷したデイジに驚かれた。
「えへへー。やー、ボクが所帯を持つとは思わなかったなああ!」
ツキは極めて明るく言ったのだが、デイジはやや苦い表情をした。
「ところでぇ、デイジもまた新しく連れ帰ってきたんでしょ? 紹介してよ」
「ああ。メルヒェン地方から来てくれたブリオニアだ」
「メルヒェン地方出身の砂の民、ブリオニア。よろしく」
「うん、よろしくー」
「よろしくね。僕もコクリン地方からデイジに呼ばれて来たばかりなんだ。グローマだよ」
近くで話を聞いていた、境遇が似たグローマが言った。
「早速なんだが、ヒカミ、ツキ、頼みがある。メルヒェン地方の砂の民の風習から、手がかりがありそうなシンボルマークを見つけた。サクハ時代に由来していないか、調査に協力してほしい」
「もちろんですよ」
ヒカミは二つ返事で答えた。
ヨにつきましては、穂澄さんの
「ミ属性二次創作」の設定をお借りしキャラクターを作りました。
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