メガストーン、“クチートナイト”のレンタル期間が終わった。ヒヨは黙って講師に返却する。
「クチートのメガシンカ確認しました。あごが二つになって能力も大幅に上がっています」
真面目な予備校生らしくまとめたクチートのデータも、併せて提出する。写真は撮っていなかったが、そこにはほぼ写真といっても遜色ないメガクチートの画像のコピーが貼られていた。
○
「また会いに来いよ」
「言われなくても!」
しょうに言われると強気に返してしまうのもいつものことだ。
そんなヒヨの足下で、クチートは不安そうに見上げてくる。
ああ、もう。なんでそんな顔をする。
ヒヨはクチートに目線を合わせて言った。
「色々ひどいことしてごめんね。私、あなたのおかげでフェアリータイプとメガシンカが好きになったよ」
「チャー」
しょうもしゃがんで笑う。
「そして、クチートもヒヨのおかげでバトルが好きになった、と。バトルに向いてない個体だなんて考えなくていい、自分が楽しいと思うことをやれ
ばいいんだ」
しょうの言葉にクチートは笑うが、逆にヒヨの瞳には涙が溢れた。
「クチート……私、絶対審判になってみせる。それで……ワールドチャンピオンシップスの審判になるって夢も、必ず叶えるから」
嗚咽を交えて夢を語るヒヨを見て、クチートも思わずもらい泣きしてしまう。
元々レンタルポケモンとトレーナーとしてはじまった二人だったが、互いの残したものはあまりにも大きい。
「私のもとに来てくれてありがとう」
「チャー」
涙を拭いて、前を向く。
互いの夢を叶えられるよう、一人と一匹は堅い握手を交わした。
○
何度見てもかっこいいね、とソラが言う。
クチートとクチートナイトを返してきたヒヨには、その姿が少し寂しく映る。
しょうとバトルをした日、ソラといえばちゃっかりメガクチートの姿をトレジャーメールに投影していたのだ。お蔭で、予備校から言われていたデータ集めも出来たというものだ。
「……助かったわ。はい、これからもお勉強頑張るのよ」
「わぁ、虹色のあめだ、ヒヨのいしにそっくり」
言って、ソラはヒヨの腕を見た。メガシンカを成し遂げたトレーナーの元にはキーストーンだけが残る。これも予備校の方針だ。
「食べるのもったいないなぁ……」
「あけたならさっさと食べる!」
「うん。ありがと。ヒヨもおべんきょがんばるんだよー」
生意気な一言とともに、ソラは虹色の飴を口にほうった。あまーい、と幸せそうな表情を浮かべるソラと、キーストーンの輝きを見比べる。
メガシンカの研究は続く。ラグラージにもメガシンカの可能性があると先日発表されたばかりだし、ヒヨの他の手持ち――それにこれから出会うポケモンたち――だって、またヒヨと絆を結んで新しい姿を見せてくれるかもしれない。
ポケモンたちと人たちと。これからも豊かな縁に恵まれますように、と、純真無垢なソラの隣で、ヒヨはひとり、願をかけた。
○
遠く離れた大陸で、泣きそうになっている少女がひとり、落ち着いたまなざしで彼女を見つめる占い師がひとり。
「どうしよう……クルーズでのツアー中、嵐に巻き込まれちゃって、タ、タマゴが……」
暗い館で彼女の金髪がより目立つ。
少女の名はヘーゼル。ある者に頼まれて、珍しい技を覚えたポケモンのタマゴを「技にこだわりのない新人トレーナー」へ託すために旅行をしていたトレーナーだ。
しかし、彼女の言うとおり、海難に遭ってしまいタマゴと離ればなれになったまま、帰国の日が来て泣く泣く戻ってきてしまったのだ。
「……案ずることはない」
占い師の言葉に、ヘーゼルは顔を上げた。この占い師の言うことはとにかくよく当たる。
「どうやらタマゴは助かり……かの地で孵って人との出会いを果たしているらしい。それも小さな影……ヘーゼルより随分小さな子供だな」
「ほ、本当ですか!?」
「水晶が言うておる。笑い合う姿も見える。人もポケモンも顔はわからんが……きっといつか、お前さんとも出会えるよ」
豊縁曼荼羅
Fin.
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
ヒヨの話はこれで終わりですが、ソラたち家族の話は持越しとなります。
続く物語、この先も追ってくださればこれ以上喜ばしいことはありません。
The Next Story is...
⇒聖なる山、バトルの申し子(タマゴのルーツ)
160320