曇りなき者【3】

 キングダム地方は、その地のほとんどが不毛で、汽車に乗っていても街間は荒れ地続きという光景も珍しくない。その中で木の実栽培にはまだ適しているのではないかとスタートゥスが考えた土地、それが、オイルガ山脈の西に位置し、ユリウスの森も近い町、オールドタウンの郊外であった。
 一部を耕し、畑には南国産の木の実ばかりを植える。宗主国ならではの、他地方からもたらされた豊かさは、時に野生のポケモンに採られてしまうこともあった。しかし、ユリウスの森に伝わる、人を嫌い人の肉を好む「森の女王」の伝説を聞いてしまえば、自分が喰われないように木の実を差し出す気にもなる。それに、リリガントは全種類の木の実を食べるよう彼らに促し、スタートゥスがその様子を観察すると、良いデータも取れた。
 時に汽車で王都ロンドシティに移動し、スタートゥスは新たな木の実を仕入れた。商業街から港町までを歩けば、植民地から得た作物や香辛料をだいたい見ることができる。見上げれば、荘厳なフォンクラーシス城。キングダム地方の経済は、今日も健全だ。
「ブロンドのお兄さん、木の実もいいけど」
「ん?」
 中肉中背の男性に話しかけられ、スタートゥスは彼に注目した。簡素なエプロンを着ており、胸元には「流星の宿」とある。
「うちにも名物が欲しくて、カロスの菓子を真似して作ってみたのさ。クレープ生地とアイスクリームの合わせ技」
 ほい、と見せられたその菓子のボリュームに驚いた。クレープとクレープの間にアイスクリームが塗られており、厚さも高さも結構なものであった。
 東の地方から輸入した茶に、西の植民地で育てた砂糖を加えて飲む時代だ、ならばカロス生まれの菓子をも合わせてしまえばキングダム流――それにしてもだ。
「子供の頃は甘いものが好きでしたからこのぐらいいけたかもしれませんが、今は……ってリリガント!?」
 商店を眺めていたリリガントがいつの間にかスタートゥスの隣に戻ってきて、アイスクレープを前に目を輝かせていた。
「おや可愛らしいリリガントだね、甘いものは好きかい?」
「キュウ!」
「そっか、僕のリリガントは」
 リリガントは、サザランドが紹介した木の実の中では、特にマゴの実を好んで食べた。どうやら木の実による治療時以外でも、甘いものが好きらしい。
「人の横に魔じゅ……ポケモンがいる時代。そんなら、嗜好品もシェアすればよーし。試作だから、これはあげよう。ただし、美味しいのならば必ず、必ず流星の宿を贔屓にするように!」
 彼はそう言ってから、アイスクレープを割った。慣れているのか、アイスクリームが溢れることはない。スタートゥスは、より大きいほうをリリガントに渡した。
「……うん、たまにはこんなのもいい」
「キュキュウ!」

 ○

 そんなこんなで、スタートゥスはかくのようにオールドとロンド、そして時たまフォードックス学園を往復しながら、栽培する木の実の種類を増やしていった。
 結果、サザランドの話した三種に加え、ウイ、イアの二種の木の実が、種ではなく個の治療を考えた時に有用なのではないかという推論ができた。
 しかし、問題もあった。ポケモンの味の好みを見分けるのは非常に困難であること。植民地貿易の恩恵あってここキングダム地方に揃った五種の木の実を栽培し、順にポケモンたちに与えていくわけだが、味の好みの法則性は今のところわかっていない。
「それはそうなんじゃない。スターと私は同じ人間だけど、味の好みは違うでしょう」
 メリルからの手紙にはそう書かれていた。サザランドの講義の日に出会い、刺激を受けた二人。卒業論文の題材を木の実による治療とし、オールドタウンに滞在するようになったスタートゥスと、探検熱に火が付き、講義に出席しながらも地方内の探検に同行し、小さな成果を上げつつあったメリルとの連絡手段は、もっぱら手紙であった。
「そりゃそうなんだが」
 隣りにいたリリガントは首を傾げる。この研究で、彼女は、甘いものが好きで苦いものが嫌いだというデータが取れた。もちろん、他のトレーナーや森のポケモンにも協力してもらって、これが全リリガントに当てはまる傾向ではないということも調査済みだ。
「なら、なぜセボハノの人々は初対面のポケモンをも治療できるのだろう」
 ポケモンの味の好みには何かの法則性があるのか、それとも、彼らがキングダム地方の人よりもはるかに自然に寄り添って生きているからなのか。
 メリルからの手紙は、いつもこの言葉で結ばれていた。
「スタートゥスの卒業論文は私も必ず読む。楽しみにしてるから」

 ○

 しかし、彼女がその論文を読むことは生涯叶わなかった。
 その運命を決定づけたのは、遠い島からの手紙であった。

「ポケモンの伝染病が人間にうつり、もうこの島は終わってしまうかもしれない。私の祖国に木の実での治療を研究している学生がいると知り、藁にもすがる思いで手紙を書かせてもらった。今はカントー地方の領土となった島であるが、どうか、助けてはくれないだろうか」
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