ロンドの港。そこで往来する人々や品々を、ただ眺めているだけだったのに、まさか大学を卒業もせず大海に飛び出す時が来るとは思ってもみなかった。
それでもスタートゥスは決めた。大卒の学歴がないと、苦労することは多いだろう。それでも、手紙の送り主と、キングダム地方出身者を含む島民たちに、そして島のポケモンたちに尽くすと決めたのだ。
「スタートゥス君」
ふと、聞いたことのある声色で話しかけられ、振り向いた。
「……サザランド先生」
「行くことにしたのか」
その言葉が出てくる意味を、スタートゥスは理解できなかった。これからキングダム地方を出ることを、なぜこの人が知っているのか? しばし考えて、ひとつの結論に至る。
「ひょっとして、この手紙は」
「私が紹介したのだ。力になりそうな考え方と研究をしている学生がいる、とね」
スタートゥスは目を見張った。曇り空の下、潮風はねっとりしている。物語の主人公の船出には相応しくない天候ではあるが。
「私も次の探検に向かう。船出前ぐらい、あの講義で出会った君を信じてみても良いのではないかとね」
「そんな」
黙って手紙を握り締める。
両親に勘当され、働いて金を稼ぎながらの大学生活。どうにか好成績で授業料免除となった科目もあった。それでも、どこへ一歩踏み出せばいいのか、ずっと迷っていたのだ。
ヒントを与えるだけでなく、こんなにわかりやすい形で背中を押すなんて。
「……必ず、島の役に立ってみせます。医師のはしくれとして」
「よし、その意気だ」
運河を超えて大海へ。キングダムとカロスの植民地を経由する間にスタートゥスはその土地での人とポケモンの交流を見た。
初めて見るポケモンばかりだったが、一部はキングダムやカロスの図鑑に既に登録されており、辛うじて知識はある種族であった。しかし、これから向かうのは小さな島だ。ポケモンも知らない種が多いだろう。サザランドには自信に満ちた姿を見せたが、果たして、知らないポケモンや言語の通じない人間相手に、医師としての役目を果たせるのだろうか?
極東の軍港クチバからは小舟以外の交通手段がなかった。小柄なカントー民に合わせた設備はスタートゥスには窮屈で、ラプラスでの移動に決めた。隣にリリガントが座るとラプラスの背で動ける範囲はそんなになかったが、自分が気をつけさえすれば、海上でも自由を感じられた。
近隣には火山島の1の島と、丸形の小島、2の島、3の島は大小二つの島の総称であるからすぐに視認できるだろう、とのことだった。万国共通の数字を使った島名が、カントーの領内でありながらキングダムやイッシュの人間も入植していることを物語っていた。
見上げれば、初めて見る鳥がいた。ポケモンかもしれないと、スタートゥスは目を凝らす。鳥は、子の島から親の島への移動途中で、大きな籠を持っていた。
ふと、バランスを崩す。籠の中身が溢れ、海へ真っ逆さまだ。
「キャッチしよう。ラプラス!」
ラプラスはすぐさま移動し、スタートゥスは両手で落下物をキャッチした。それは木の実で、取れなかった分はリリガントの頭飾りに引っかかっていた。ラプラスも、しっかり別の木の実を咥えている。
「おーいそこの方ー! アリガトー、テンキュー!」
微かに声が聞こえた。最後の言葉だけ聞き取ることが出来、感謝を伝えているのだとスタートゥスは理解する。親の島の海岸に、野菜の茎を振る女性の影が見えた。スタートゥスはラプラスに上陸を指示する。
その鳥も、残りの木の実を籠に入れたまま、女性の隣に着地した。女性は年端もいかない少女のように見えたが、東洋人は幼く見えるということをこれまでの船旅で心得ていたスタートゥスは、同年代の学生に接するような態度を心がけた。
「ここは「3」の島で間違いないか」
スタートゥスは空に指で「3」を描いて言った。
「うんうん、サンノシマ、スリーアイランド」
「これを読んで来た」
スタートゥスは手紙を取り出した。
「その筆跡……母のだわ。It was written by my Mom」
「Really?」
スタートゥスが手紙を渡せば、彼女は目に穴が空くのではないかというぐらい、それを凝視した。そして彼女は、Absolutely、と言って返す。
「とりあえず、まずは出会えたわけだ。話を聞かせて頂こう。僕はスタートゥス・ドレイデン、スターと呼んでくれ。こちらは水ポケモンのラプラスで、隣りにいるのが草ポケモンのリリガント。君は?」
「ホシノナオ……あ、ナオミ・ホシノ。こちらはカモネギ。鳥ポケモンよ」
「クワ!」
ナオミはカモネギから籠を受け取り、茎を渡した。
キングダム地方でも通じるファーストネームを語頭からに言い換えたのを見て、基本的にこの島はカントーの文化圏にあると悟る。医学の用語はナオミにはひょっとしたら通じないかもしれない、とスタートゥスは考えた。
「そうだなあ。まずは君の母に会っておくのが良いかな」
「そ、そっか……でも、母は」
それを書いた翌日に、伝染病で。
ナオミがぼそりと言うのを見て、すまなかった、とすぐさま場を繕う。ナオミは首を横に振った。
「私も医者のはしくれ。母のできなかったことも、必ずすると決めた。……とはいえ、人間を中心に伝染しているというよりは」
ナオミの説明は以下のように続いた。
人間の風邪のみでは本来そこまで深刻な状況にはなっていないこと。子の島から始まったポケモンの伝染病が親の島の人里に住むポケモンにうつり、さらに人間にもうつるようになったこと。
そして、ポケモンの伝染病と人間の風邪に同時に感染した人間が危ないのだということ。
「ポケモンの伝染病のみに人間が感染した場合は?」
「よくはわかってないけど、ひどい疲労感と倦怠感に襲われるみたい」
「疲労と倦怠か」
野生ポケモンは人間に自分の体力を隠したがる。手持ちポケモンの攻撃で過度に体力を削ると逃げ出してしまうのがその証拠だ。よって、野生ポケモンの体力を見抜くのは難しく、伝染病を患っているかの判別も困難を極めることとなる。
「とりあえず、順番にやってくしかないか。ナオミ、集落を案内し……ナオミ?」
ナオミは俯いて震えていた。その様子を見て、即行動に移るのはやめにする。状況を把握したとはいえ、現地の人の心労や重みまで共有できたとはいえないということを、スタートゥスに語っていた。
「すまない。……リリガント、アロマセラピー」
「キュル!」
リリガントはその身の香りを強めた。臨床研究が進んだ分野ではないが、リリガントや多くの草ポケモンの花の香りは人やポケモンを癒すとして、アロマの講義も履修していたのだ。
「……ありがとう、もう大丈夫。見たことのないポケモンだけど、花冠もスカートもとっても素敵ね」
「キュルルー!」
「拘っているみたいだから、褒めてくれて嬉しいよ」
「案内だったよね。集落は東にあるの」
⇒NEXT 190118