集落は、社会の維持のために一刻の猶予もないことを如実に伝えていた。和風、たまにコロニアル風の家々に人の影はまばらだ。
「やっぱり病原菌か」
歴史上、人が新大陸に渡った時に最も凄惨な出来事を起こすのは、人同士やポケモンを使役しての争いではなく、目に見えない病原菌だった。サザランドも未開の地を踏むときは予防接種のうてる者を同行させているという。ここも島であるから、外からの病原菌にはめっぽう弱いのだ。
「固有種のポケモンが持っていた菌と人が持ち込んだ菌か。それぞれ独立していれば死に至ることもない、と」
「もう……島を出るしかない、って考えてる人もいるの」
伝聞の形をとったが、スタートゥスはそれをナオミ自身の考えでもあるととらえた。神経衰弱の日々がジョジョに自信をなくしていく。
「病原菌は恐ろしいものだ、歴史が語っている。でも、歴史はまた、医学を進歩させた」
自分でも驚くほどにはっきりとした声色だった。ナオミは黄土色の髪に緑の目。日系との子でありながら、その容姿がスタートゥスに当事者意識を持たせたという事実は否めない。
「さっき、カモネギが集めていた木の実を見せてくれ」
「うん。並べるね」
ナオミが順に並べていく。オレンやモモンといった、どこにでも自生しているような木の実の次に置かれたのは、ひときわ大きな、スタートゥスも何度も育てたものだった。
「イアの実だ! 自生しているのか」
「子の島は無人島だけど多くの木の実が自生してるみたいで、たまにカモネギに集めてもらってるの」
「よし、ではラプラスにも移動の役割をつとめてもらう。カモネギの持っていた籠を背に置けば、一度にもっと多くの木の実を集められるはずだ。それと並行して、持ってきた木の実も栽培していく。ここは温帯のようだから、キングダムで育ったこの品種ならば問題なく実をつけるだろう……あとは」
「うん?」
自分の研究を、活かせるかどうか。即ち、見たこともない種のポケモンに、的確な治療ができるのか。
「クワクワ」
「キュ? ……キュキュー!」
トレーナーたちが真剣に話しているそばから、カモネギとリリガントは雑談を始めていた。しかもなかなか気が合うようで、話は終わりそうにない。
「あら、性格が似てるんだね。カモネギは木の実を運ぶときは真面目だけど、普段はとっても無邪気な子なの。リリガントもそんな感じ?」
「……ああ。……なあ、カモネギ。この木の実を食べてくれないか」
その様子と、ナオミの言葉からヒントを得たスタートゥスはカモネギの目の前にマゴの実を差し出した。カモネギはそれをつつく。一度目の咀嚼で、飛び上がって喜んだ。
「クワーッ!」
茎を振り回し、美味しさを表現する。
「……やっぱり好み! リリガントもこの味が好きなんだ」
「へえ。性格が似てるから?」
「かもしれない。……そうか、僕の研究はこういう時に役立つのか……!」
種が違っても、個の性格がわかれば、よく効く木の実がわかる。
それはこの島でも適用されるらしい。またついばんで美味しそうに咀嚼するカモネギの笑顔が、スタートゥスの心に一筋の希望の光をさした。
「ナオミ、大丈夫だ。僕は力になれる。途方もない道でも諦めない」
「スター……有難う。私はどうすればいい? 一応専門は対人間の医療だけど」
「基本は専門を。あと、ポケモンたちの性格を見抜くのを頼みたい」
「性格?」
ナオミは首を傾げる。
「無邪気な子。確かにリリガントもそうなんだが、今まで適切な言葉が思い浮かばなかったんだ。君なら、ポケモンたちの細かな個性も僕よりはわかるかもしれない。そして、僕の研究と合わせて性格と好みの味を割り出せば、治療は今よりスムースに進むはずだ」
「なるほど、だから途方もない道……でも、これらの木の実で研究をしてたスターが言うのだから、確実な道だともいえる。わかった、私、あなたを信じる!」
ナオミは右手を差し出す。握手という文化はここにもあるらしい。これも、彼女の亡き母がこの島に残していったものなのだろうか。
「……ああ。共に尽くしていこう」
スタートゥスは、その手を握り返した。
○
「峰打ち!」
ナオミが指示すると、茎を刃と峰で使い分けているらしいカモネギは、相手の体力を微妙に残して攻撃できた。スタートゥスにはどちらが峰なのか皆目見当もつかないし、ポケモンの技に関してはまだわからないことが多いが、ナオミのカモネギの得意技であるらしい。
ほんの少し体力を残すポケモンたちは場に留まる。未完成の表をスタートゥスが、ポケモンたちの表情をナオミが見る。
「顔色が悪い。この子、多分感染してる……あらっそっぽ向いちゃった! 意地っ張りなのかな」
「ってことは、フィラがよく効く可能性があるな」
ナオミの言葉と表とを照らし合わせ、スタートゥスは島で育てたフィラの実を出した。意地っ張りであったから、人が与えても食べない。木の実はリリガントが渡した。
そのポケモンは受け取り、一気に平らげた。不思議なことに顔色まで戻る。
「例外がない。これらの実がワクチンになるのか」
「だけど、おいしいもの限定。大事なんだね、やっぱり」
「よし、このまま……ん」
「スター?」
バランスを崩し、場に倒れる。なんとなく意識が朦朧として、香りの強いリリガントに離れるよう、手だけで指示した。
「まさか……」
感染か。
ナオミの声はそこで途切れた。
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